婚約破棄された悪役令嬢が殺戮兵器ロボットで王国を壊したら、隣国の王子に嫁ぐことになりました
「リディア=ラドクリフ! 今日この場を持って、お前との婚約は破棄させてもらう!」
王城の玉座の間に張り切った声が響き渡った。
婚約者である王太子のシャルルがふんっと鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張っている。
一生に一度言えるかどうかという台詞を、これ以上ない舞台で披露できたからだろう。
得意げなその顔には、大芝居をやりきった満足感がにじんでいた。
「シャルル殿下……本気で仰っているのですか?」
私は微笑みを崩さずに尋ねた。
すがりつくでも、懇願でもない。
ただ、確かめておきたかっただけだ。
「本気に決まっている! お前はここにいるメーテルに嫉妬して、彼女の悪評を流した。あまつさえ、ありもしない罪をでっち上げて……」
「スパイの嫌疑は、ありもしない罪ではございませんわ」
私は静かに、しかしはっきりとシャルルの言葉を遮った。
紛れもない事実だからだ。
その隣ではメーテルが怯えたように茶色い瞳を潤ませ、シャルルの腕にしがみついている。
ついでに、しっかりと胸まで押し当てているのは──さすがは女スパイといったところか。
「彼女がスパイであると、シャルル殿下に何度も警告いたしました。裏付けも、証拠も、全部提示いたしましたわ。それでも、信じてはくださいませんでしたね」
「そんなもの、信じるに値しない! お前がどれだけ高慢な態度を取り、他人を見下してきたか……そんな女の言葉など!」
シャルルの顔が紅潮している。
──なるほどね……。
私がどれだけ真実を告げても、メーテルの涙一滴には敵わないというわけだ。
すっかり手駒にされてしまった王太子。
なんてわかりやすいのだろう。
彼の目には、彼女の姿しか映していない。
真実を述べる「冷酷な悪役令嬢」ではなく、涙を浮かべる「悲劇の令嬢メーテル」に騙され、うつつを抜かしているのだ。
「では、望み通り婚約は破棄いたしましょう」
私はスカートの両端を指先で摘み、片膝を軽く折る。
完璧な角度で腰を落とし、わずかにあごを引いた。
「ところで殿下、黎明の地下礼拝堂はご存知ですか?」
「……なんだ、それは?」
メーテルの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「ご存知でなければいいのです。では、ごきげんよう」
➕ ➕ ➕
森の奥の、さらに奥。
誰の目にも触れないような地面に、地下へと続く隠された道がある。
私は、黎明の地下礼拝堂へと足を踏み入れた。
空気は薄く、明かりもほとんどない。
そして、その先の開けた空間に──それはあった。
『セラフ・ノヴァリス』
かつて大量殺戮兵器として恐れられた、巨大なロボットの残骸。
二度と動くことのないよう、この地下礼拝堂には強力な結界が張られている──はずだった。
その封印が今、スパイの手によって破られようとしている。
──メーテル……。
彼女はこの兵器を復活させ、この国を滅ぼし領土として奪うつもりなのだ。
「こんなもの……どうして造ってしまったのかしらね」
かつての偉人たちの愚行。
私は、同じ過ちを繰り返させるわけにはいかない。
メーテルがこの兵器に何らかの細工を仕込んでいることは、すでに調査済みだ。
どうやら起動のタイマーを仕掛けたらしい。
一定の時間が経てば、自動で動き出す。
その起動まで、残された時間は──あと二十分。
──本当に、なんという皮肉なんでしょうね。
口元が引きつる。
シャルルが婚約破棄を宣言したのも、まさにこのタイミング。
運命の歯車が音を立てて回り出したような、そんな感覚があった。
だから私は、この殺戮兵器──セラフ・ノヴァリスを止めるために、ここへ来たのだ。
そして、セラフ・ノヴァリスを止める方法はただひとつ。
内部にある操縦席から、手動で制御するしかない。
つまり私自身がこの巨大兵器の操縦席に乗り込んで、レバーを引き、ボタンを押して、直接操作しなければならないのだ。
不安はある。
だが、殺戮兵器がメーテルの手に落ちるくらいなら──。
私は乗り込む覚悟を決めた。
➕ ➕ ➕
レバーを引くと、セラフ・ノヴァリスが動き始めた。
──ひとまず、回避できたかしら。
そう安堵したのも束の間、操縦席に異常音が響き渡る。
「どうして……!?」
何度もレバーを強く引き、操作パネルを手当たり次第に叩く。
制御が効かなくなった機体──ついに、セラフ・ノヴァリスは暴走を始めたのだ。
巨大な足が地面を踏みしめ、地下礼拝堂が揺れた。
その振動は操縦席の中まで伝わってくる。
「くっ……止まらない!」
暴走する兵器は地下礼拝堂を飛び上がり、森を抜けるよう無差別に前進を続ける。
──あれは……!
眼下に飛び込んできたのは、メーテルだった。
私の言い残した言葉が気になってここへ来たのだろう。
「乗っているんでしょう、リディア=ラドクリフ! 止めようとしたって、もう遅いわ! セラフ・ノヴァリスはまた殺戮を始める! この国もおしまいよ! そして、私の国が……」
その叫びと同時に、セラフ・ノヴァリスの巨大な足がメーテルの小さな身体を容赦なく踏みつけた。
感触は、わからない。
ただ真っ赤に染まった地面だけが、彼女の最期を物語っていた。
それでも暴走は止まらない。
森を抜けたその先には、荘厳な王城が広がっていた──そしてすぐに、崩れる音がした。
城門が、庭園が、塔が、玉座の間が。
すべて一瞬で、無慈悲な鉄の塊が国の象徴を瓦礫へと変えていく。
その中心にいたシャルルも例外ではない。
婚約を破棄したばかりの王太子は、何も知らないまま自らの城と共に朽ちていった。
なにも信じてくれなかったシャルル。
私だってもう、彼に向ける愛情はとっくに残っていない。
──だけど……。
違う未来もあったのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。
➕ ➕ ➕
セラフ・ノヴァリスの暴走は、なおも止まらない。
街を破壊し、人々の悲鳴を飲み込んで、国を踏み潰そうとしていた。
このままでは、本当にすべてが終わってしまう。
──誰か……! 助けて……!
その心の叫びに応えるように、セラフ・ノヴァリスの左脚が制御を失ったかのように鈍く揺れた。
「なにが起きたの……!?」
視界の端で何かが動いた。
暴走するセラフ・ノヴァリスの隙間をすり抜けるように現れたのは、ひとりの男。
「やはり君だったか、リディア=ラドクリフ」
銀色の髪を揺らし、騎士のような身のこなしで操縦席にたどり着いた男──レオン=リューズマン。
隣国の第一王子。
公の場で何度か顔を合わせたことはある。
晩餐会や式典で短い会話を交わした程度だが、理知的な印象だったのが強く残っている。
軍事力も経済も、我が国を遥かに凌ぐ隣国マリアライトの第一王子。
それでいて、顔面まで整っているという完璧さ。
非の打ち所がない、まさに理想の王子様だ。
そんなレオンが──今、この場に現れた。
「どうしてここに……!?」
「メーテルが動いた時点で察しがついたよ。彼女がスパイだって、君のおかげで知ることができた」
彼がさらりと口にした言葉に私は息を呑んだ。
驚きよりも胸を満たしたのは、安堵と喜び。
──誰も信じてくれなかった。私は、たった一人でここまで来た。
だけど目の前にいるこの人だけは、私を信じてここへ来てくれたのだ。
どうにもならなかったはずの状況に、一筋の光が差したようだった。
運命の歯車は、確かに動き出していた。
「リディアがひとりで止めようとするのも、予想通りだった。だからこうして来たんだ。……間に合ってよかったよ」
「どうしてそこまで……?」
「君のことは、何年も前から知っていた。誰よりも国を想い、誰よりもまっすぐだった君の姿をね」
優しさでも、気休めでもない。
それは私を理解してくれていた人にしか宿らない、揺るぎないまなざし。
誰にも届かないと思っていた私の想いは、ちゃんと見ていた人に届いていた。
「ここから先は、リディアひとりの戦いじゃない。共に終わらせよう、セラフ・ノヴァリスを」
「……はい!」
私はうなずき、レバーを握り直した。
隣に立つレオンの手がそれを支えてくれる。
暴走しているセラフ・ノヴァリスの操縦席に、ふたりの意思が流れ込む。
警告音が鳴り響く中、私は最後の操作に指をかけた。
──終わらせる。すべてを。
まばゆい光とともに、セラフ・ノヴァリスの動きがゆっくりと停止していった──。
私はセラフ・ノヴァリスの操縦席から降り、崩れた街並みを呆然と見ていた。
粉々になった王城、家、泣き叫ぶ人々の声。
もう元には戻らない景色が、そこにあった。
風だけが、いつものように頬を撫でていく。
──これで……よかったの……?
ふと恐怖が襲ってきて、身震いした体を抱きしめる。
そのとき、隣にいたレオンがそっと肩に手を添えた。
驚くほどあたたかい手。
「君がひとりでも立ち向かったからだよ。リディアがいなかったら、この国は完全に終わってた」
肩の力が抜けていく。
殺戮兵器を操縦していたという罪悪感がまだ胸の奥に残っている。
けれど、それでも、守れたものがある。
「セラフ・ノヴァリスは破壊しよう。もう二度と、誰にも、操れないように」
「……はい」
私たちはお互いの手をしっかりと握りしめた。
これから先、何が待っていようと共に歩む決意を込めて。
➕ ➕ ➕
あれから、三ヶ月が経った。
崩壊した王都には今も瓦礫が残っている。
それでも少しずつ人々の手で道が拓かれ、家が建てられ、灯りが戻ってきた。
王国ロードカナロアは、もうなくなった。
だけど、それは終わりではない。
隣国マリアライトとの合併。
それは急な決定だったが、壊れかけたこの国には必要な選択だった。
そのためにレオンが率先して交渉に動いたという話を、私はあとで聞いた。
そして、もうひとつ──。
国の合併と同時に、私たちは夫婦となった。
式はまだ挙げていないけれど、花束と指輪だけで十分だった。
だって本当に誓いたい相手は、すぐこそにいてくれたんだから。
「レオン様、見てください。花が咲いています」
瓦礫の隙間に咲いている小さな花が揺れていた。
その花はこの街の生命力を示すように、何もかもが壊れたこの場所でひっそりと咲いていた。
レオンもその花を見つめながら微笑んだ。
「こんな状況でも、こうして命を繋いでいけるんだ。だからリディアと一緒なら、どんな未来も歩んでいける気がする」
その言葉に目頭が熱くなった。
壊れた世界の中でも、まだ希望を見つけることができる。
これからは、その希望をふたりで育てていけばいい。
「レオン様、ありがとうございます」
「俺も、ありがとう」
柔らかな陽光に街中が包まれていく。
あたたかくて、眩しいくらいの輝き。
新しい世界が、私たちを迎え入れてくれる──そんな光だった。
お読みいただきありがとうございました!
面白かったと思いましたら、ポチッとブクマと評価をよろしくお願いします★★★★★
なんじゃこりゃ、ポチッ★でも大歓迎です
ロボットは全然詳しくないので、勢いで押し切りました
なので、勢いで読んでくれたら幸いです