菊池祭り
1時間に1本あるかないかくらい少ない本数の電車しか無いローカル線、そのローカル線の電車に揺られている僕の耳に、少し離れた席に座る高校生くらいの少年たちの会話が入る。
「全然雨降らねーな、こんなんじゃうちの町も取水制限が始まるかも知れないな?」
「それだけどさ、村に菊池が来るって噂が立っているから何とかなるかも」
「へー、って事は菊池祭りが開催されるんだな。
お前んとこの村の人間しか参加出来ない奇祭だからどんなもんか知らんけど、何とか開催して水不足を解消して欲しいよ」
「平成の米騒動以来の久々ぶりの開催で俺も初めて参加するからどんなものか分からん。
だから噂通り菊池が来村する事を心から願っているんだ」
何だ? 菊池祭りって? もっと詳しく聞きたいと思って少年たちに声を掛けようか迷っているうちに電車が降りる駅に停車、座っていた席の隣席に置いてあったリュックサックを背負い電車を下りる。
電車に乗っていた殆どの乗客、と言っても5〜6人が此の駅で降車した。
降車した人たちの後に続き無人駅の駅舎に向かう。
僕の苗字は菊池、九州の一大豪族菊池氏の分家の分家のそのまた分家の分家の末裔だと、幼い頃曾祖父さんに教えられた事があるけどホントの事か分からない。
高校まで九州から出たことが無かった僕は東京の大学に進学した。
そして大学生になって初めての夏休み。
東京から九州まで帰省する金が勿体ないと帰省せずバイトを掛け持ちして金儲けに励んでいたんだけど、長期に休める貴重な夏休みをバイトだけで浪費するのも何だかなと思い、近場で遊びに行ける所を探してネットサーフィンしていたら見つけたんだ。
北関東と東北の狭間の山奥に菊池氏って豪族がいたって事を。
九州の菊池氏の流れを汲む豪族なのかな? と興味を持ち、僕はその菊池氏のルーツを調べるって名目でこんな辺鄙な山奥に遊びに来たって訳。
駅舎から出て周りを見渡しながらさっきの少年たちはと探す。
少年たちは駅がある此の町に住んでいるらしい片方の少年の母親が車で迎えに来ていて、2人共迎えの車に乗って行ってしまった。
仕方無く村に行く足を求めて駅舎の前のロータリーを見渡したら、バス停の路線地図が目に入ったんで歩み寄り見る。
え? 此の町と隣街を繫ぐバスはあるけど、村に行くバスが無い。
どうしようか? と改めてロータリーの周りを見渡したら、乗り合いタクシーの看板とその前に停車しているバンタイプのタクシーを見つけた。
タクシーに歩み寄り運転手さんに村に行くにはどうすれば良いか尋ねる。
「村に行くのかい? だったら此のタクシーに乗りなさいな。
ちょっと前まではバスの路線があったんだけど、運転手不足の為に路線が廃止されてね、それで村が助成金を出すって事で此の乗り合いタクシーの運行が始まったんだよ」
タクシーの中は冷房が効いて涼しかった。
僕がシートベルトを締めた事を確認した運転手さんはタクシーを発進させる。
バックミラー越しに僕の顔を見ながら運転手さんが話しかけて来た。
「お客さんもしかしてだけど菊池さん?」
「え? 何で僕の名前を知ってるんですか?」
「菊池が来村するって噂が村に広まっているからだよ。
だいたい村の住民や周辺町村に住んでいる人たち、それに帰省して来た人等なら黙って乗り込んで来る。
だから村に行くかなんて聞くのはそれ以外の人だけだからね」
「そうかぁー。
あ、そうだ、さっき電車の中で聞いたんですけど菊池祭りって何ですか?」
「菊池祭りねぇ、実は菊池祭りっていう名前は知っているんだけど、どういう祭りかは知らないんだ。
私は町の人間、それも街から入婿で町に来た口だから祭りの名前くらいしか知らないんだ。
だから私か知ってるのは、祭りには絶対に菊池っていう姓の人が必要だって事くらいなんだよ。
祭りの事を詳しく知りたいなら、村の寺の住職さんに聞けば良いと思うよ。
乗り合いタクシーの終着場所がそのお寺だから住職さんを紹介してあげるよ」
「お願いします。
元々此の村に来た目的は昔此の村周辺を支配していた菊池氏の事を知りたいと思ったからなんです。
その住職さんならそのへんも教えて頂けると思うので」
タクシーはお寺の門前で止まり、運転手さんが門前で掃き掃除をしている作務衣を着た年配の男性に声を掛ける。
「住職さんこんにちは。
菊池祭りや菊池氏の事を知りたいって言う菊池さんをお連れしたんで、詳しい事教えてやってください」
掃除していたお爺さんが住職さんだった。
住職さんに連れられて、綺麗に整えられている菊池氏歴代の何故か比較的新しい物もある墓所に案内してもらった後、本堂の中でお茶をご馳走になりながら菊池氏の事を教えて貰う。
「此の周辺を支配していた菊池氏は九州の菊池氏の分家筋の方です。
うろ覚えなんでちょっと中途半端なんですが、鎌倉時代か室町時代に手柄を立てて、その時代の幕府に此の地を賜ったらしいです。
賜った初代やその後を継いだ二代目三代目くらいまでは、九州の本家からの援助もあり善政を敷いていたらしいのですが、代が進み九州の本家との縁が遠ざかり援助が無くなると悪政を敷くようになりました。
まぁ本家も戦国時代に突入して、分家筋の援助どころでは無くなったんでしょうけどね。
それで悪政を敷いていた菊池氏最後の当主、悪政を敷いて弱い者いじめは出来るけど戦下手で戦いに赴いても負け戦ばかり、略奪品で村に潤いももたらせなかった奴だったらしいんですが、今のように日照りが続いたある日、日照りを何とかしようと村の若い女衆を贄にして雨乞いの儀式を行おうとしたんです。
それに前年の負け戦で多数の男衆を失っていた村人が激怒して反乱を起こし、逆に菊池氏の当主やその家族を贄にして雨乞いの儀式を行ったのが菊池祭りの起源になります。
まぁ本来ならそこで此の地の菊池氏が滅亡して、祭りもその1回だけで終わったんでしょうが。
それがその後、此の地から逃散した菊池氏の末裔の者が、墓参りに来たり昔の宜で買って欲しいとか抜かして行商に来たりしたらしいんですが、菊池姓の者が来村する時は何故か日照りの時だったり飢饉の時だったりしたんで、その度来村した菊池姓の者を贄にして儀式を行うと問題が解消されたんで続けられて来たんですよ」
「え? そ、それじゃ、も、もしかして、ぼ、ぼ、僕も、贄にされる……」
「ええ、勿論です」
住職はにこやかな顔で返事を返して来た。
逃げようと立ち上がろうとしたんだけど身体が痺れて畳の上に転ぶ。
「逃げられませんよ、お茶に痺れ薬と睡眠薬を混ぜてありますからね……」
「そ、そんな……」
そこで僕の意識は無くなる。
次に目を覚ましたとき僕は、小高い丘の上に立てられた丸太に素っ裸で括り付けられていた。
猿轡されてなかった僕は喉が張り裂けんばかりの大声で助けを求める。
「タ! ス! ケ! テー!」
助けを求める僕の叫び声を聞いて1人の若い男が近寄って来た。
だから僕はその男に助けを求めると共に、こんな事を行うと直ぐに発覚するぞと脅す。
「助けてくれー! それに僕が此の村に来た事はタクシーの運転手が知っているんだ! 僕が行方不明になったら通報されるぞ!」
その若い男は僕の顔を覗き込んでから返事を返して来た。
「お兄さん何処かで見た事がある顔だと思ったら、俺たちと同じ電車に乗っていた人だよね?」
その若い男は電車に乗っていた少年の一人だった。
「だったら、俺と友達の会話を聞いていた筈。
アイツが言っていただろう、祭りが開催されたら町の水不足も解消されるって。
菊池祭りが開催されると此の村だけじゃ無く、周辺町村もその恩恵を受けるんだ。
だから周辺町村の者たちも見て見ぬふりするから大丈夫なんだって。
まぁ俺も親父や爺様に教えられただけで詳しくは知らないけどね。
それに祭りが終わった後、お兄さんの遺体は菊池氏の歴代墓所に祭られるから心配しなさんな」
「そんなの嫌だぁー! 死にたくないよー!」
叫び声を上げる僕を無視して若い男、少年は僕が括り付けられている丸太の下に積み上げられた薪に火を放つのだった。
「助けてー!」
武 頼庵(藤谷 K介)様作製「菊池祭り」参加賞イラストです。
武 頼庵(藤谷 K介)様作製「菊池祭り」参加賞イラスト、作品の前半、贄にされるとは知らずワクワクしながら村に向かうまでの主人公を妄想して、武 頼庵(藤谷 K介)様にお願いして貼らさせてもらいました。
作品は男でイラストは女の子ですが、最近の若い人たちって性別不明の方がいらっしゃるんで、ま、良いかって感じです。