7話 駆け巡る想像力
「あっクラウン、お疲れ様」
「キヨカ。もしかして待っていてくれたのか?」
「いや全然」
「そ、そうか」
城の従者から月生の血玉の錬成を急かされて早1週間。
私とレイドもこの世界に少しずつ慣れてきているという感じだ。
でも適応していっている私達とは違ってクラウンはまだ錬成に手を出していなかった。
「私とレイドはもうご飯食べたよ。クラウンはどうする?」
「頂こう」
「OK。じゃあ紅茶用意していて」
「キヨカはこれが気に入ったんだな」
「だってこんな美味しい飲み物初めて飲んだんだもん」
工房から戻ってきたクラウンに紅茶を頼んで、私は夕飯の準備をする。
ちなみに今日もハクレイさんの指示通りに作った野菜たっぷり炒めだ。
家事もハクレイさんの言う通りにやればある程度は出来るようになっている。
それは料理もだった。
なのにあのクソ上司、食べづらいとか焦げてるとか毎回文句を言ってくる。
だったら自分で作れよと昨日怒ったら喧嘩になった。
「はい。食べづらくて所々焦げている野菜たっぷり炒めです」
「ありがとう。美味そうだ」
「美味そう?レイドは見栄えが悪いとか言ってたのに?」
「ハハ、きっと褒めようとすると恥ずかしくなるんだろう。数日工房で共に過ごしたがレイドは不器用なだけで面倒見の良い人間だ」
「だったら少しは不器用を直そうとして欲しいんだけど。あの人に怒られると本当腹立つ」
「2人は仲が良いんだな」
「絶対良くない」
「仲良くなかったら2人旅なんてしないだろ」
そうだ、そういう設定だった。私は咳払いしながら適当に誤魔化して椅子に座る。
程なくしてクラウンは紅茶を2人分注いでくれた。
「レイドはもう寝たのか?」
「多分ね。料理の文句言いながら食べ終わった後、部屋に戻ったから」
「そうか。……うん美味い。俺好みの味だ」
「クソ上司もクラウンを見習って欲しいよ」
私は紅茶を味わいながら飲んでひと息つく。ホッとすれば、何で私ここに居るんだっけという感覚になってしまった。
「ああそうだ。本を完結させるんだった」
「どうした?」
「ううん。何でもない」
クラウンは頷くとまた野菜炒めを口に運ぶ。本当に美味しいと思っているようでその手は止まらなかった。
「月生の血玉はどうなってるの?」
「……材料に触れてもいないな」
「そっか」
ダメだ続かない。私がクラウンの心を動かすのは難しい。
錬金術の話を持ち込むと余計だろう。
しかし仮にも私はストーリーテラーだ。未だに内容を理解しきっていないけど、この世界で家事をやって終わりなんて嫌すぎる。
でもクラウンが直面している悩みは結構繊細なもの。変に掻き乱して物語に悪い影響があったらと考えると行動するのが億劫だ。
まぁ結末はハッピーエンドってあらすじには記されてあるんだけど。
「……錬金術って素人でも出来るの?」
「やってみたいのか?」
「まぁ興味はある。でも怪我するならやらない」
「ハハッ、失敗したら目から血が出ると思っているのか?安心しろ。簡単な錬金術は材料が焦げカスになるくらいだ」
「な、なんかごめん」
「気にするな。キヨカがやってみたいのなら工房を開けるが?」
「良いの?」
私は家事だけをやりたくなくて適当に言ってみただけだったから目を丸くしてしまう。
でもクラウンは本気のようで焦げ野菜炒めを素早く食べ切った。
「少し気分転換だ。ただ俺は人に教えたことは無いからそこは勘弁してくれ」
「大丈夫。器具壊しそうになった時だけ止めてもらえれば良いから」
「何だろうな…一瞬寒気がした」
最後の言葉は聞こえなかったことにしよう。
私も紅茶を飲み終えクラウンと一緒に席を立つ。あと二杯くらいは余裕で飲めるけど今はやめておこう。
ふと、工房へ行く前に2階にいるであろうレイドの顔を思い浮かべる。
「見ていろよクソ上司…」
ここで私がキッカケを作って料理に文句言ったことを謝罪させてやる。
ーーーーーー
ずっと家事しかやらせてもらえなかった私は初めて天才錬金術師の工房に入る。
石造りの工房はいかにも実験室のような感じで、フラスコや謎の液などで埋め尽くされていた。
「クラウン。あの釜って何?」
そんな中、一際目立つのが工房の奥に鎮座している大釜。
まるで魔女が使いそうな釜で私の身長では中身を見ることができない。
「あれは特殊な錬金釜だ。高難易度の錬金を行う時に使うもので、月生の血玉もあれで作った」
「近くで見ても良い?」
「構わない。俺は初心者でも扱える釜を用意している」
クラウンは大釜を避けるように顔を逸らす。
まだ未練タラタラだと言っているようなものだった。
そりゃ愛する妻を殺した道具の1つでもあるからその反応が普通か。
私は大釜を眺めながらゆっくり近づいていく。
「あっ」
ふと、床を見てみると足元に赤い点々があるのに気付く。
数秒息が止まったがクラウンに悟られないように深呼吸した。
これはきっと人の血。事故があった時に溢れた雫だろう。
すると脳内に1人の女性が倒れる姿が浮かんでくる。そこから私の思考は巻き戻すかのように女性を脳内で動かしていった。
「…はえ?」
自分は天才なのではと錯覚してしまうほど脳が素早く回り出す。
突如浮かんできた女性の気持ちや伝えたかったことが一気に駆け巡った。
私は彼女ではない。それでもわかってしまう。
「キヨカ?どうした」
急に立ち止まって黙り込んだ私にクラウンは不安そうに声をかけてくる。
我に返った私は、問いかけに対し首を横に振って何もなかったフリをした。
そして赤い点々を隠すように踏みつけてクラウンの方に振り向く。
「準備OK?」
「ああ。手順を説明するからこっちに来てくれ」
「うん」
突如起こったフラッシュバックのような出来事。しかし不快になることも不安になることもなかった。
血を見たことで脳内に現れた女性……ティアさんの行動が今も頭の中で流れている。
「彼女ならこう伝える」そんな確信が私の中に生まれた。
先ほどのフラッシュバックには物語の登場人物の心情を解き明かした快感が含まれていた。