5話 ストーリーテラーはモブ以下
「しかしまだキヨカ達は物語が大きく動く場面には入っていません。安心してくださいね」
「は、はい」
ガクガクと震えていると誰かが階段を登ってくる音がする。
次の瞬間、乱暴に扉が叩かれた。
「おいクソ野郎。クソは出たか?」
「乙女になんてことを!!」
レイドだとわかった私は勢いよく扉を開ける。そうすれば扉はレイドにぶつかってくれた。
「痛ったいな!」
「ざまぁみろ」
「まぁまぁ2人とも。落ち着いてください」
「ハクレイさん!今のはレイドが悪いです!」
「ええ、そうですね。キヨカは何も悪くありません」
「チッ」
導きの書からは女神のような声が私の味方をしてくれる。
さっきまで凄く怖かったのに今はまるで聖母のようだ。
ハクレイさんに言われたらレイドは何も言い返せまい。
ドアノブがヒットしたお腹を抑えながら黙って私を睨んでいた。
「レイド。お疲れ様です。まだまだ序の口なので辛抱強くお願いしますね」
「はっ、はい…。お任せください」
「クソ上司。クラウンはどうしたの?」
「色々と思い出して辛そうだったから外の空気を吸わせにいった。現在、彼の精神状況は危ない状態だろう」
「そうだよね。国のために頑張ったのに奥さん亡くしちゃったんだもん」
私はクラウンの話を思い出して目が潤み出す。本当にこういう系の話には弱いのだ。
「ハクレイさん。導きの書から出てくるということは、俺達に何か指示や相談が?」
「半分はそうです。しかしもう半分は単純にキヨカへの経験ですよ」
「そうでしたか。主人公であるクラウンはしばらく戻りません。指示をされるならバッチリなタイミングです」
こっそりと目に溜まった涙を拭って私は導きの書に視線を向ける。
輝きながら浮遊する本は私とレイドを見比べるように左右へ動いた。
「2人はこの後の展開が頭に入っていますか?」
「俺は全て入っています。クソ野郎、お前は?」
「確かクラウンが月生の血玉作りに励むんだっけ?」
「励む前のことも書いてあっただろ。重要なアクション見逃してんぞ」
レイドはため息をついて自分の導きの書を差し出してくれる。
受け取った私はあらすじのページを開いて次のアクションを確認した。
「……お城からの従者がここに来て何かを知らせる?」
「私が予想するにきっと噴火のタイムリミットが迫っていることを伝えるのでしょう。この本はとてつもなく長い物語ではありません。テンポよく進めるにはこのタイミングがピッタリですね」
「きっとまだ心の傷が完全に癒えていない状態で錬成を挑戦させるんだ。そこでクラウンは更にもがき苦しむ」
「酷くない?」
「それが物語なのです」
妻を亡くしても苦しみは終わらないのか。
私は次の展開を想像しただけでドッと疲れてしまう。このままでは絶対涙が枯れてしまうぞ。
私はレイドに導きの書を返して肩を下げる。
「それではレイド。先輩である貴方はこれからどうやって執筆をするか答えてみてください」
「はい。俺達は月生の血玉を一目見たいという理由。そしてクラウンの支え役として手伝いたいという2つの理由で彼の側につきます。判断力が鈍っている今の状態なら彼は受け入れるでしょう。後はあらすじの流れに沿って適切な行動をするだけです」
「ええ。それで行きましょう」
「じゃあ私は何をすれば良いの?」
レイドは淡々と話すが、それは今までの経験と知識があるからだ。
でもこの世界に来て私は何をしたのだろうか。
クラウンの悲劇に泣き、レイドに着いて行って、紅茶を2杯飲んだだけ。
何の役にも立っていない。それはきっとこれからもだろう。
「私は何も知らないし、きっと余計なことするだけだよ?」
「ようやく自覚したか。クソ野郎」
「はぁ!?」
「お前はそうだな……。この家での家事をやってもらおう。きっと、俺達がクラウンの側に居ることが確定すればしばらくここで寝泊まりする。料理、掃除、洗濯。クソ野郎は大人しくそれだけやっていろ」
私って家事するためにこの世界に来たんだっけ?ポカーンと口を開けていると導きの書が目の前に来る。
「ご安心ください、キヨカ。わからないことがあれば私が優しく教えてあげます」
「は、はい」
「じゃあ決まりだな。たぶん、城からの従者が来るのは早くて明日だろう。今日のところは寝床が無いから泊まらせてくれと交渉してみる。お前は大人しくリビングの椅子にでも座ってろ」
「はい…」
もう思考を停止しよう。
家事なんてこれっぽっちも出来ないけどハクレイさんが教えてくれるなら大丈夫だ。
そして物語を進めるのはレイドに任せておけば円滑に進められる。
「あれ?私ってモブ以下…?」
「立派なストーリーテラーですよ」