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4話 ハッピーエンドの恐怖

 痩せ細った手がクラウンの顔を隠す。私は痛々しい姿に目を逸らして紅茶を飲み干した。


「俺の……俺だけの支えは妻のティアだった。あいつは孤独だった俺を救ってくれたんだ。あいつがいればいくら精神に干渉されたとしても乗り越えられたんだ」

「ちなみに死因は?」


 レイドは直球に尋ねる。容赦ないなと思いながら、私はカップをテーブルに置いた。


 空のカップを見たレイドの肩が小さく動いたような…。


「ティアを殺したのは月生の血玉の、強い光だった」

「光だと?」


 あらすじにクラウンの妻であるティアの死因は詳しく書かれてなかった。

 ただ単に錬成で失敗した結果、死亡としか。


 だから私もレイドも詳細を聞くのは初めてなのだ。


「お前達が読んだ古文書にも書いてあったんだろう?あの宝石は錬成した時に強い光を放つって。俺達は運が悪かったんだ。光を直接浴びてしまったティアは目から血を流してそのまま……」


 その光景を想像してしまった私はゾクリとしてしまう。

 目から血を出すって、どれだけ強い光なの?


「強い光を浴びたということは錬成には成功したんだな?」

「いや失敗した」

「でも月生の血玉は錬成しないと光を出さない」

「何処かの工程で狂ったんだ。俺達が錬成した月光の血玉はティアを殺した後、無様に砕け散った」


 次第にクラウンの声は震えて、鼻を啜る音が聞こえる。

 顔は手で覆われているから見えないけど泣いているのがわかった。


 レイドは紅茶をひと口飲んで泣いているクラウンに向き直る。


「それでも貴方は妻を殺した月生の血玉を錬成したがっている。だから旅人である俺達に情報を求めたのだろう?」

「……ああ」

「それは単なる錬金術師だからという理由で終わるのか?」


 このクソ上司、目の前で泣いている人が居るっていうのにズカズカと聞いてくる。


 私だったらもっと慎重に話し合うのに。でもここで口を出したらまた怒られるんだろうな。


「……もうこの王国には時間がない。早く月生の血玉を作らないと俺も、ティアの存在も無かったことになってしまう」

「旅の道中でいずれこの王国の山が噴火するという噂を聞いた。もしかしてそれに関連するのか?」

「その通りだ。月生の血玉の特殊効果はマグマを鎮めるくらいの冷気。果てしない熱さに反応して、熱ければ熱いほど冷たくなる」

「それを山に放り投げて噴火を止めるということか」

「お前は鋭いな。余計な説明が要らない」


 そりゃ私達はあらすじを読んでいますからね。

 なんてことは言えないけど、私は小さく口角を上げてしまった。


 すると突然、抱えていた本がカタッと動き出す。それはまるで生きているかのように小さく微動していた。


「すまないクラウン。こいつがトイレに行きたいようだ。紅茶を一気飲みして膀胱が限界を迎えたんだろう」

「え?クソ上司何言って…」

「つべこべ言わずに出してこい。ここで漏らされても困る」

「は?」


 急に何を言い出しているのかと首を傾げながらレイドを睨む。

 私に尿意は訪れてないし、漏らすなんてこともしない。


 睨む私を睨み返したレイドは抱えている本を数回突っついた。


「ハクレイさん…」


 クラウンには聞こえない小声で彼女の名前を呼ぶレイド。

 私は何となく合点がいってクラウンに顔を向けた。


「漏れそうなんでおトイレ貸してください」

「あ、ああわかった。トイレは2階だ。そこの階段上がってすぐの扉」

「ありがとうございます。ちょっと出してきます」


 私は本とサッチェルバッグを持って席を立つ。

 2階に行くついでに、レイドが座る椅子の足をさりげなく蹴ってやった。


 そのまま2階に上がってトイレに入ると文庫本は光り輝いて宙に浮かぶ。


「ハクレイさん?」

「そうです。話の途中にすみません」

「いえ。でも何で急に?しかもレイドじゃなくて私の文庫本から…」

「何事も一度は経験しなければなりません。それは私からの指示も同じ。導きの書が震えた際は司書からの合図だと思ってください」

「これ導きの書って言うんだ」


 本当にあのクソ上司は肝心なことを教えてくれない。何が見て体験して覚えさせるだ。


「今、キヨカは主人公の現状を知りました。きっと台座に置いてある本もリンクして順調に物語を執筆しているはずです」

「クラウンが錬成に失敗。妻のティアを亡くす。そして私達と出会う……完結までまだ掛かりますよね?」

「そうですね。でもキヨカ達の行動次第ではまた変わってきます。もしかしたらあらすじに書いていないことが起きるかもしれません」

「え?」


 私はまた違ったゾクリを経験する。文庫本……じゃなくて導きの書からはハクレイさんがクスクスと笑う声が聞こえた。


「未完結の物語において、あらすじというのはあくまで計画書。計画通りになることもあればその逆もあるのです」

「じゃあ、バッドエンドの可能性も?」

「いいえ。ハッピーエンドにはなってもらいますよ。キヨカとレイドの力で。執筆期限は無し。けれど結末はハッピーエンド。これが条件です」

「ちなみに達成出来なかったら?」

「ふふっ。どうなるのでしょうね?」


 目にハイライトを宿さずに笑ってないような顔で微笑むハクレイさんを想像する。

 今度はゾクリなんて表現で表せないほどの恐怖に襲われた。



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