3話 この世界のあらすじ
錬金術師の家は草原を抜けた先にある森の中に建っていた。
ゆっくり話そうと決めた私達は静かなこの家に招き入れられたのだ。
「俺は錬金術師のクラウン。人と群れるのが苦手で、ひっそりとここで錬成をしている」
「レイドだ。そしてこっちは仲間のクソや…」
「藍沢清香」
「アイザ?何だ?」
「キヨカって呼んで」
「ああ。レイドとキヨカだな。今、茶を出す。そこに座っていてくれ」
クラウンは椅子に座る私達を残して奥の部屋へと向かう。
その間に私は肘をレイドの腕に抉り込んだ。
「何で名前をクソ野郎にするの。バカなんじゃない?」
「草原でお前が余計なことを言っていた罰だ」
「だって何も知らないんだもん!少しくらい打ち合わせしたって良いじゃん!」
「うるさい聞かれるだろ…!」
「そもそも月生の何とかって何?」
「ったく。さっき教えたこともう忘れたのか?ずっと抱えているその本の中身を見ろ」
レイドは私が持つ文庫本を指差して指示をする。私は彼を睨みつけながらページを捲った。
「この世界のあらすじ。そして登場人物が記載されている。クラウンが戻ってくる前にさっさと確認しろ」
「確認する時間さえ取らせなかったくせに」
「あ?」
赤黒い前髪の隙間からレイドは怒りを露わにする。
私は無視して、図書館では空白だったあらすじ部分を読み始めた。
「………あらすじって結末を書いていいの?」
「あらすじって文字は粗い筋と書いてあらすじと読む。俺達ストーリーテラーにとっては物語の大まかな部分を示してくれるヒントだ」
「クラウンは最終的に月光の血玉を錬成させてハッピーエンドってこと?」
「あらすじ通りならな。でもそれだけでは物語にならない。1冊の本の中に葛藤、奮起、挫折、そして幸福などを詰め込んでこそ物語となる。結果は決まっていてもそこに辿り着くまでが大変なんだ」
「それをサポートするのがストーリーテラー…」
「さっきからそう言っている」
結局、この物語はハッピーエンドが決まっているのだ。
でも私達はそこまで誘導させなければならない。楽に結末に到着したら未完結のままで止まってないか。
すると奥の部屋からクラウンが帰ってくる。
閉じた本を膝の上に乗せていると私の目の前に紅茶が置かれた。
「大したものじゃなくて悪いが」
「気にしなくていい。頂こう」
「うん」
私とレイドはクラウンが出してくれた紅茶を飲む。本の世界でもちゃんと食べ物の味はするみたいだ。
っていうか私、初めて紅茶を飲んだ。見たことはあるけどこんなに美味しいものだったなんて。
「感動レベル…!」
「ついに気が狂ったか?」
「クラウンさん!これ凄く美味しいです!」
「結構安物なんだが……気に入ってもらえて良かった」
初めての飲み物は私の口に合ったようで一気飲みしてしまう。
そんな私の姿にレイドは呆れていた。
「すまないが早く本題に入りたい。後でいくらでも紅茶は出してやるから、月生の血玉について教えてくれ」
「勿論そのつもりだ。お前は静かに聞いてろよ」
「わかってるって」
きっと私は余計なことを言うと思っているのだろう。
なんかムカつくけど、実際自分でもそう思っているから言い返せない。
「月生の血玉は遥か昔に1人の錬金術師が錬成したと言われている宝石。錬成したての時は月から生まれた光のように強く輝き、やがて光が収まり血のように赤く染まる。そしてこの宝石は削ることによって特殊な効果を発揮すると言われている。俺が知っている情報はここまでだ」
「……そうか」
レイドが言ったことは全部文庫本に書いてあったキーワードを繋げたものだ。
私達はこの物語の結末は知っていても詳しいことは何もわからない。
クラウンはレイドが伝えた情報は既に知っていたのか、疲れたように大きく息を吐いた。
「お前達が月生の血玉を探す理由は?」
「好奇心だ」
「ならその好奇心は捨てた方が良い。月生の血玉は好奇心で錬成するようなものじゃないんだ」
クラウンは立ち上がると奥の部屋からポットを持ってきてくれる。
そして空になった私のカップへ大量に注いでくれた。
「クラウン。貴方が必死で月生の血玉を知りたがる理由は何だ?」
「答えは簡単。俺が錬金術師だからさ」
「この国の錬金術師は月生の血玉を作ると何か良いことがあるのか?」
「良いことだらけだ」
私は新しく注がれた紅茶をまた飲み始める。そして頭の中でクラウンの物語のあらすじを唱えた。
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この王国にはとある危機が迫っている。それは王国領に鎮座する山の噴火。噴火すれば城もこの森も、下手したら王国領全てが焼け野原になってしまう可能性もあった。それを鎮めるために必要なのが月生の血玉。クラウンは天才錬金術師として月生の血玉の錬成を試みていた。
ーーーーーー
「月生の血玉は簡単に作れる物ではない。俺は昔から錬成の才能があった。でも月生の血玉だけは1人で作るのが不可能なんだ」
「それはなぜ?」
「あの宝石は錬金術師の精神に干渉する。中には鬱を発症して自ら命を絶った者も存在した。だからこそ、支える役として最低でも2人1組で行うことが鉄則なんだ」
「じゃあクラウンにも支える役が居たのか」
「……死んだけどな」