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1話 本の世界

 気持ち悪さに耐えるために瞑っていた目を開ける。と、同時に口も軽く開いてしまった。


 どこまでも広がる草原。そしてその奥にはお城のような建物が聳え立っている。


「どこ…?」

「この本の世界だ」

「うわっ!レイド!」


 至近距離からの声に驚いた私は思わずレイドを突き飛ばす。

 レイドはその反応を予測していたのか、特に何も言うことなく私に突き飛ばされた。


「まだ何も言うなクソ野郎」

「だから何も言ってないってクソ上司」


 私から離れたレイドは赤黒のマッシュヘアを整えてバッグから文庫本を出す。


 あの長めの前髪で見えづらくないのだろうか。

 レイドは中は白紙であろう本を捲ると流暢に喋り出した。


「台座に置いた本の主人公は錬金術師。若くしながら天才と呼ばれていてその影響から孤独の人間となってしまった。しかしある日、錬金術師の前に1人の女性が現れる。この女性が後の妻となる人物なのだが……結婚した数年後に錬金術師の失敗錬成に巻き込まれて死んでしまう」

「うぅ……」

「おいクソ野郎。聞いているのか?」

「ごめんなさぃ。私、そういう系の話に弱くて」

「な、泣いてるしこいつ…」


 突然何を喋り出したかと思ったけど、私はレイドから語られる物語に涙してしまう。

 妻が結婚相手の実験に巻き込まれるなんて悲しすぎだ。


「おい泣きやめ。俺達がここに来た理由はハッピーエンドにするためだ」

「そもそも何が何だかわからないんですけどぉ…」

「ったくもう!わかった!ある程度の説明をしてやる!」


 レイドの説明はハクレイさんが言っていたストーリーテラーという単語から始まった。


「ストーリーテラー。つまり物語を紡ぐ者。俺達は特殊な力で本の中に入って、途中から空白となってしまった物語を進めるサポートをするんだ」


 そして次に幻想図書館という場所について。


「あの図書館には無数の本が存在する。しかしその半分は未完結で止まっているんだ。ただ俺にも幻想図書館が存在する意味や、ハクレイさんが言う狭間という場所の意味も知らない。けれどハクレイさんに呼び出されストーリーテラーになった以上、役割を全うするだけだ」

「なるほど…」

「泣き止んだか?」

「うん。もう大丈夫」


 レイドはやれやれと言った顔でため息をつくとまた文庫本サイズの本に目を向けた。


「今回の俺達の目的は台座に置いた本を完結させる。それもハッピーエンドで。今立っているこの場所は主人公が次の章に進むための地点のようだ。もう少しで何かが起こる」

「ちょ、ちょっと待って!さっきから何を見て言っているの?」

「クソ野郎のバッグにも入っている本だ」

「あれ白紙でしょ!?」

「本の世界に来れば、あらすじや登場人物の詳細が記載される。何より重要なのはこの本を使えば、司書と会話することも出来る」

「司書?」


 私は自分のサッチェルバッグから本を取り出して確認する。

 レイドの言った通り、白紙だった本にはわかりやすくこの世界について書かれていた。


「制服、似合っていますね。キヨカ」

「うわっ!?」


 すると急に本が光って私の手元から離れる。重力を無視した本は開かれたまま私の目の前で浮かんだ。


「その声、ハクレイさん?」

「はい。無事本の世界に入れてなによりです。これから物語の起承転結のために色々とアクションが起こりますが、何か不安になったらいつでも話しかけてくださいね」

「は、はい」

「レイドも無理をせずに問題が起きたらすぐに助けを求めること。良いですね?」

「かしこまりました」


 レイドってハクレイさん相手となると喋り方も声のトーンも上がるんだな…。

 私との対応の違いに差がありすぎて風邪を引きそうだ。


 宙に浮いた本は私とレイドを見るようにキョロキョロと動く。なんか可愛い。


「さて、今回はキヨカにとって初めてのお仕事なんです。私もサポート役として見守っています。肉体をそちらに移して2人と執筆するのは難しいですが、この本の中でずっと待機しているつもりです」

「ハクレイさん。それでは他のストーリーテラーへの指示や対応が出来なくなってしまいます。ここは俺が…」

「それについてはご安心ください。まだレイドには紹介していませんでしたが、最近新しい司書が来たのです。彼女にも沢山の経験が必要なので他は任せています」

「そうでしたか。失礼しました」

「いいえ。ではそろそろ物語が動き出す時間ですね。キヨカ、レイド。2人の執筆を楽しみにしていますよ」


 本は静かに閉じられると私の手の中に収まる。

 輝きは失われて、元の文庫本に戻ったようだ。


 私はレイドに顔を向けてニヤニヤした笑みを浮かべる。


「クソ上司ってハクレイさんのこと…」

「静かしろクソ野郎」


 まだ言い終わってないのにレイドは私の口に手のひらを強く当てる。

 大きく骨張った手は私の顔半分を包み込んだ。


「次の章が始まるぞ」


 その瞬間、何処からか足音が聞こえる。

 レイドは私のエプロンを掴んだと思えば近くにあった草むらに突っ込ませた。

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