10話 終わりの始まりのページ
高級お寿司、揚げたて唐揚げ、パラパラチャーハン、高カロリードーナツ。
自分にとって幸せなものを考えなければやってられない。
しかし浮かんでくる食べ物には限界がある。そんな時はイラつくクソ上司を思い出すのだ。
『何だこの野菜炒め。灰か?』
『おい、掃除をする時は隅々までやれと言っただろ。クソ野郎が来てからゴミ屋敷化が進んでるぞ』
クラウンが月生の血玉の錬金を決意するまでに言われてきた数々の暴言。
レイドは絶対に恋人もできないし結婚も無理だろう。このままずっとハクレイさんに片想いしていれば良いんだ。
今回は一緒に来ていないレイドに向けて私も皮肉を放つ。
しかしそんなレイドの存在に私は紛れもなく助けられてしまった。
「………私はストーリーテラー」
もしもレイドから執筆について教えて貰えなかったら私は今、この場所から飛び出していただろう。
けれどレイドの声が頭の中に響いたからこそ私は踏みとどまれた。
この選択が正解なのかはわからない。でもレイドから言われたことを守れたのは間違いなかった。
次なるアクションが始まってどれくらいの時間が過ぎたのだろう。私はずっと導きの書を押し付ける体勢で場が収まるのを待つ。
アビアナお嬢は無事なのだろうか。ギルバートは怪我してないだろうか。
あらすじさえ読めば2人が無事にこの状況を乗り越えたかを知れるけど私は自分でその権限を捨てた。
後悔はしてないが不安になる。
「ご無事ですか!?」
すると遠くからゼインの声が聞こえた。それと同時に魔物の断末魔と刃物が振り切る音が響き渡る。
私はハッとして顔を上げるが、その拍子に勢いよく頭をぶつけてテーブルが揺れた。
「い゛っ」
「アイザワキヨカ!」
「ゼイン…」
垂れ下がっていたテーブルクロスが上げられて外の光が差し込んでくる。
私は頭を摩りながら目を細めるとゼインがホッとしたように息を吐いた。
「一瞬魔物がここに隠れているのかと思いました。お怪我が無くて何よりです」
「ギルバートが隠してくれたんだよ。それよりもアビアナお嬢は!?」
私はエプロンぐるぐる巻きの導きの書を抱えながらゼインを押し除ける。
まるで猪みたいな突進でテーブルから出るとアビアナお嬢の部屋は悲惨な状態になっていた。
窓ガラスは全て割れ、床に破片が散らばっている。家具もボロボロで中には粉砕されている物もあった。廊下まで伸びた引っ掻き傷は明らかに人間のものではない。
ここは本の中の世界。でも私が見ているものは現実だ。
動揺で呼吸が浅くなりながらゆっくりとベッドへ視線を向ける。
「いつもみたいにオホオホ笑えよ」
「………」
「それが嫌ならうるさく泣くくらいしろ」
「………」
ベッドの端で縮こまる少女。そしてそんな少女を守るように大柄のメイドが仁王立ちしている。
少女は俯きがちで顔が見えない。しかし笑いも泣きもしない放心状態なのは誰から見ても一目瞭然だった。
「お嬢様」
すると後ろから心配したゼインがアビアナお嬢に近寄ろうとする。
しかし私はそんなゼインに横から腕を出して止めた。
私たちが行く場面ではないはず。今この瞬間はこの本の登場人物であるゼインさえも部外者だ。
あらすじも何も見てないからわからないけど、私は本能でそう悟った。
「退きなさい」
けれど私の腕は前へと押し返される。疑問の声を出す間も無くゼインはアビアナお嬢へと足を進めた。
「ちょっゼイン」
まさかこの人真面目過ぎて空気読めないタイプ?今はあの2人だけのシーンなのでは?
私はズカズカとアビアナお嬢とギルバートの間に入り込もうとするゼインを三度見する。
しかしゼインは止まることなくベッドへ近づくと片膝をついてアビアナお嬢を見つめた。
「ご無事でなによりです。お嬢様」
「………」
「屋敷内は混乱しておりますが幸いにも魔物が入ってきたのはお嬢様の部屋のみ。屋敷の者に被害はございません」
「………そう」
「お嬢様。逃げましょう」
「え……?」
「ぜ、ゼイン?」
「お忘れですか?以前兄上が殺す準備はできていると仰っていたことを」
「ひっ…!」
アビアナお嬢様は小さい悲鳴を上げながらゼインへと顔を向ける。
確か監禁生活させられる前、あのクズ兄はそんなことを言っていた。
妹に放っていい言葉じゃないのに加えて態度も最低だったのでムカついた記憶がある。
あの時は珍しくギルバートが大人しくて何も無かったけど、正直半殺しにしても良かったのではないかと思ってしまう。
ああ思い出しただけでもムカついてきた。
「ここ何年かは呪いが発動することはありませんでした。しかし発動してしまった今、兄上はお嬢様の元へ向かっているでしょう」
けれどまだ来ないのは今は屋敷に居ないからかもしれない。あのクズ兄なら魔物を斬るよりも妹を先に斬りに来そうだ。
「お嬢様、私と共に逃げるのです。このままでは貴方が殺されてしまう」
「アタクシ……」
アビアナお嬢の声は震えに震えていた。たぶんクズ兄は本当にお嬢を殺しにくるのだとわかっているのだろう。
こんな小さな少女になんて感情を経験させているのだ。私は居たたまれない気持ちになって導きの書を強く抱える。
するとアビアナお嬢は視線をゼインではなくギルバートに向けた。「貴方はどうなの?」と問いかけるように。
いくら自分を守るためとはいえ簡単に頷くことは難しいのだろう。
ギルバートは武器を持ってない手で頭を掻くと大きくため息をついた。
「まぁこいつの言うことは一理あるな。でも逃げたから終わりってわけじゃねぇ。ヴァリア家の肩書きがお嬢に害を為すだろうな」
「どういうこと?」
「呪われた名家のお嬢が執事と一緒に逃亡したなんて話が広がったらマズいだろ。逃げたから無視する人間なんてそうそういねーよ」
「じゃあお嬢が逃げても意味がないの…?」
「意味はあります!!」
突然聞こえた大声に私は肩を跳ね上がらせる。普段声を荒げない人が大きな声を出したことによって部屋の空気は凍った。
「逃げなければ殺されるだけ。しかし逃げれば他の道が見えてきます!お嬢様どうか私の手を取ってください!貴方を心から守りたいという気持ちがあったから私はずっと傍にいました。貴方に傷ついて欲しくないから傭兵ギルバートを雇ったのです。全ては貴方のため」
「ゼイン…」
「私を信じてください。アビアナお嬢様」
そう必死にアビアナお嬢に語りかけるゼインは執事の鑑だと言っていただろう。
でも何だろうこの違和感は。腑に落ちないように胸に引っかかる。本当にこの流れで良いのだろうか。
もしここであのフラッシュバックが来てくれたらその意味がわかるかもしれない。でもどうやってフラッシュバックさせるかが私にはわからなかった。
そんな時、廊下の方から騒がしい人の声が聞こえる。アビアナお嬢の顔色が真っ青に染まった。
ギルバートは即座に扉の前に行き、私たち3人を守るように立ちはだかる。
数秒後には開けっぱなしだった扉からクズ兄が部屋に入ってきた。




