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ライトファンタジア 〜本の世界に入った私たちは未完結を執筆する〜  作者: 雪村
2冊目 ただ1人に愛されし哀れな令嬢の本
24/30

5話 幸せな一節

「あれ?アビアナお嬢」


 目的地に近づいた私は廊下にアビアナお嬢が居るのを見つける。

 部屋が臭いから逃げてきたのだろうか。


 私の声に顔を上げたアビアナお嬢は驚いたように近寄ってきた。


「キヨカも連れてきたの?」

「ギルバートがアビアナお嬢の部屋がクセェから掃除当番のテメェも来いって…」

「全部言わなくていいだろ。とりあえず部屋に入れ。話はそれからだ」


 ギルバートに手を離された私は3人でお嬢の部屋の前に立つ。


 扉の前にはすでにモップなどの掃除用具が出ており、一瞬でも掃除をする気にはなったのかなと推測する。


「お嬢はここで待ってろ。クセェんだから」

「わかったわ…」


 アビアナお嬢にシッシと手を払ったギルバートは扉を開けて私を中に入れる。


 特に変わってない昼間と同じ部屋。強烈な臭いなどは特にしない。


「臭いかな?」

「そこら辺に立ってみろ」

「うん………ん?」


 ギルバートに言われた場所に立つと微かに変な臭いがする。

 これはおそらく食べ物の腐敗臭だ。私は顔を顰めて辺りを見回した。


「このクセェ臭いの発生源。どこかわかるか?」

「どこだろ。昼間はこんな臭いしなかったのに」


 私は身体を屈ませて何かないかを探してみる。その間、ギルバートも窓の辺りをキョロキョロと眺めていた。


 嫌な臭いで鼻がおかしくなりそうだけどここで取り除かないと後が大変になる。

 私も過去に何度も腐った食べ物を捨てたことがあるが、慣れることはない不快なものだった。


 しかも場所的にアビアナお嬢のベッド近く。こんな臭いと共に寝たら悪夢は必然だろう。


「まさかここ?」


 私は這いつくばるような体勢になりベッド下の布を捲る。

 するとビンゴだったようで腐った果物や卵の殻が数個置かれていた。


「ギルバート!ここ!」

「うっ…クッセェ…。悪質過ぎんだろ」


 ギルバートは私が見つけた腐敗物を目にすると鼻を摘んで表情を歪める。

 私も布を捲ったことによって放たれた強い臭いに顔を逸らした。


「一応聞くがテメェがやったんじゃねぇんだよな?」

「やるわけないでしょ!」

「ならいい。ほら、外へ出ろ」

「え?掃除は?」

「俺がやる。テメェはお嬢の所に戻れ。早くしろ」


 掃除させるために連れてきたんじゃないのかと私は首を傾げる。

 しかしギルバートは動かない私に苛立ち強引に立たせた。


「早く出ねぇとこの腐った果物食わせっぞ!?」

「ひぃ…!」


 言っていることと表情が若干合ってないが私をビビらせるのには十分。

 そそくさと部屋から出た私は廊下で待っていたアビアナお嬢と合流した。


「どうだったの?」

「えっと、腐った果物と卵の殻がベッド下に…」

「そう」


 アビアナお嬢はワンピースのパジャマをギュッと握って俯く。


 それは今回が初めてというわけではないのを物語っていた。

 これはきっとアビアナお嬢を嫌う者達がやったいじめなのだろう。


 私はしゃがんでお嬢と目を合わせ、優しく頭を撫でた。


「主人に対して無礼よ…」

「罰なら後で受けますから」

「別に、罰をやるなんて言ってないわ…」


 いつもの元気さとは真逆の弱々しい姿。昼間は頑張って明るくしているのだろうか。


 私は自分より年下の女の子が辛く悲しそうな顔をしていて胸が締め付けられた。


 するとアビアナお嬢は縋るように私のエプロンへ手を伸ばして握る。


「怖いわ」

「え?」

「暗くて、怖い」


 確かに時間帯も相待ってこの廊下は薄暗い。子供からすれば真っ黒な暗闇のはずだ。


 でもこの世界は電気が通ってないから灯りをつけるにはロウソクを持ってこなければならない。

 しかし取りに戻る間もお嬢は怖いだろう。


「あっ」


 そんな時、私の脳内には最高のアイディアが思い浮かぶ。

 火を使わずに暗闇を明るくする方法はこの近くにあるではないか。


 思いついたら即実行。私はアビアナお嬢を抱っこしてギルバートが掃除している部屋へ戻った。


「ちょっとキヨカ!」

「テメェなんで戻ってきた!?まだ掃除終わってねぇぞ!」

「ベランダに出るだけだから!星がめっちゃ綺麗だし!」


 雑巾を握りしめて私に怒鳴るコワモテメイドを素通りし、2人でベランダに出る。


「ほら、アビアナお嬢!凄く綺麗ですよ!しかも明るい!天然の明かりです!」

「キヨカ…」


 私は抱っこしたままお嬢と共に星空を眺める。

 そういえば元々居た世界ではこうやって空を見上げる余裕なんて無かったな。


「月さえ出ていれば明るいかな〜って思ったんですけどまさかここまでとは!お嬢、凄い綺麗です!」

「そ、そうね」

「星座も見えるかな?餃子、ピザ、モナリザ、ヤクザ……あっ!アイザワって星座探しましょう!」

「そんな星座あるわけないでしょう?」

「でも楽しいですよ!オリジナルの星座作りましょう!」

「全く貴方の思考はユニークなのですわね」


 散らばる星に指を向けてなぞるように描いていく。するとアビアナお嬢も真似するように人差し指を空へ差した。


「アタクシも、星になりたいわ…」

「え?死にたいってことですか?」

「違うわよ!あーたは死んだら星になるって説を信じている人かしら?」

「いえ!死んだら何にでも好きなものになれると思っている派です!」

「都合の良い派閥なのね…」


 アビアナお嬢はそう呆れるが口角は段々と上がって表情が晴れていく。

 そして私に抱きつきながらギルバートの方へ振り向いた。


「ギルバート!貴方もこちらに来なさい!3人で見ますわよ!」

「だから掃除中だって言ってんだろ!果物の汁が染み込んで取れねぇんだよ!」

「オーッホホッホッ!なら急いでくださいまし!アタクシとキヨカの身体が冷えてしまいますわ!」

「勝手に凍えてろ!」


 そう言いながらもギルバートは雑巾で磨く手を速める。


 なんだこいつ、良い奴じゃんか。


 きっとわざわざ私を呼び出したのもアビアナお嬢を不安にさせないためだろう。掃除なんて元から自分でする気だったくせに。


 私は目を細めてアビアナお嬢とギルバートを交互に見る。そしてまた空へ顔を向けた。


「アビアナお嬢見てください!あれって便座じゃないですか?」

「オーッホホッホッ!きったない星座ですわ〜!」

「んな星座あるわけねぇだろ!!」

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