4話 クセェんだが
「肩が凝る…」
この世界に来て3日目の夜。私は早々と帰りたくなっていた。
ここ3日間は特に大きな出来事が起きず平和な日々……ではなく地獄の日々を送っている。
地獄の1つはゼインのメイド指導。
姿勢や言葉遣い、心得をギルバートと共に散々叩き込まれていた。
しかしそんな指導を3日したところで私達が変わるわけがない。
むしろ前より態度が酷くなっていると先ほどまで怒られていたのだ。
「キヨカ。生きてる?」
「す、翠ちゃーん…」
「だいぶ怒られていたね。まぁメイドがスカートの中身を全開にしながら屋敷走れば当たり前か」
「でもズボン履いていたしセーフだよ!」
「アウトだね」
確かに屋敷を走ったのは悪かったかもしれない。でもそうしなければならない理由があった。
それが2つ目の地獄だ。
「だって他のメイドや執事があんなにも人使い荒いんだよ!?それに何なのあの対応!お礼なんて言わないし、逆にネチネチ嫌味言われるし」
「きっとアビアナの専属メイドって肩書きがキヨカを雑魚にしているんだろうね」
「ざ、雑魚?」
「それくらいアビアナは屋敷内で嫌われているってわけ」
翠ちゃんの言う通り、アビアナお嬢はヴァリア家の中でとことん嫌われている。
それはこの3日間で十分わかってしまった。
部屋から出れば戻るまで浴びせられる影口や悪口。1人だけでする食事も色が悪い食材を使った料理ばかり。
しかも量は極端に少なめ。
あれでは成長期であるお嬢がもっと小さくなってしまう。
「本当にムカつく!呪いに掛かっているのならむしろ優しく丁重に扱えば良いじゃん!っていうかアビアナお嬢の家族は何しているわけ?自分の娘が使用人達にこんな仕打ち受けているのに無視?未だに会ったことないんだけど」
「本の情報によれば、アビアナには両親と1人の兄がいるの。でも家族全員アビアナをヴァリア家の凶器と思っているみたいでほとんどノータッチだね」
「凶器って…」
こういう場合は大体一家の恥とかって表現を使うと思っていた。
でもそれとは別に凶器という言葉がアビアナお嬢に向けられている。
それはやはり呪いの効果に関係しているのかも。
「ねぇ翠ちゃん。アビアナお嬢の呪いってどんなものなの?」
「うーん」
「それがわかれば私も執筆やりやすいかもな〜って」
「ダメ。教えない」
「ええ、また!?」
「言ったじゃん。今回はうちの方で情報を提供するって。キヨカは常に新鮮な気持ちで物語を歩んでみてよ」
私はガクッと肩を落とす。実は昨日も次のアクションは何が来るのかと聞いてみたのだ。
でも翠ちゃんの答えは今と同じ。
結局、重要な情報を教える気は無いらしい。クラウンの時みたいにある程度のあらすじがわかれば私の心の準備も出来るんだけど……。
何であの時翠ちゃんの提案に頷いたかな。
「ハクレイ先生は期限は無しって言っていた。だから思う存分この世界を満喫して。ストーリーテラーしか出来ない楽しみ方だよ?」
「まぁ…そうだね」
「大丈夫。キヨカなら悪い方向には行かないから」
それでも不安な気持ちは少しずつ湧き上がっている。けれどまた自分に「翠ちゃんが言うのなら」と言い聞かせて頷いた。
すると急に翠ちゃんが喋らなくなって導きの書の光も消えていく。
「翠ちゃん?」
「おい居るだろ、入るぞ」
「えっ」
次の瞬間、私の部屋の扉が乱暴に開けられる。
入ってきたのはピッチピチのメイド服を着るコワモテ男。
「ギルバート!?」
「今日お嬢の部屋を掃除したのはテメェだなぁ?クセェんだが」
「は?何言ってんの?」
「だからクセェって言ってんだろ!」
「ちょっと夜だから静かにして!」
突然断りもなく入ってきたと思えば私にガン飛ばしながらクセェと言い始める。
ここは乙女の部屋だぞ。
私は多少怯えながらも睨み返す。出会った時よりはギルバートに対しての恐怖感は薄れていた。
「急に何?もっとわかりやすく言ってよ」
「ああ?一から言わなきゃいけねぇのかよ」
「当たり前でしょ。私は貴方と一心同体じゃないんだから」
「クソッ面倒だなぁ。……さっきお嬢が俺を呼び出して部屋がクセェから掃除しろって言うんだ。この夜にだぜ?」
「アビアナお嬢漏らしたの?」
「いや、あれはフンの匂いじゃねぇ。とにかく今日の掃除当番はテメェだ。まだ日付けは変わってねぇんだからそっちがやれ」
「はぁ?頼まれたのはギルバートでしょ?お嬢がギルバートに掃除しろって命令したんだから素直に遂行しなよ」
私は理不尽な提案にムッとして腕を組む。ギルバートはそんな私に目つきを鋭くするが睨み合いはすぐに終わった。
「チッ。とりあえずテメェも来い」
「えっちょっと」
伸ばされたゴツい手に捕まった私は腕を引かれて部屋を出る。
結局、強制的に掃除をすることになってしまったようだ。
これがレイド相手なら暴れて抵抗するがコワモテ傭兵の前では諦めの方が勝っている。
実際、腕を組んだ時点で若干震えたし。
ギルバートはそれ以降特に喋ることなくアビアナお嬢の部屋へ私を連れていく。
腕を掴む手が妙に優しいのは痛めないための気遣いなのだろうか。
こいつの考えていることは想像出来ないなと私は静かにため息をついた。




