2話 小さな主人公の物語
「「デッケエ…」」
私は思わずギルバートと共に呟いてしまう。
目の前には幻想図書館とまではいかないが、どデカい屋敷が聳え立っていた。
森の中をゼインが引くボロワゴンで駆け抜けた私達はヴァリア家が住む屋敷に無事到着する。
ちなみギルバートはガタイが良いためワゴンに乗らず走っていた。
「オーッホホッホッ!庶民的な反応とてもよろしいですわ〜!」
「アビアナお嬢はこんなに凄い屋敷に住んでいるのに何で馬無し馬車使っているんですか?」
「ギクッ」
「アイザワキヨカ様。その件に関しましては後ほど…」
私がアビアナお嬢に疑問を投げかけると不意を突かれたように固まってしまう。
しかしすぐさまゼインが間に入り、小声でそう言ってきた。
「んで?屋敷に連れて来られた後は何すんだ?俺は傭兵だから頼まれ事は何でもやるぜぇ。金さえ払えばなぁ」
「オ、オーッホホッホッ!やる気満々でよろしいですわ〜!でもあーた、そんなみすぼらしい格好でアタクシの後ろに立とうとしていますの?そんなの許しませんわ!ゼイン!」
「かしこまりました。ではお2人ともまずは屋敷に入り着替えましょう」
「はぁ?みすぼらしいってテメェ…。ロクに動けない服渡すわけじゃねぇだろうな」
「ご心配なく。お屋敷で用意できる最高級レベルの服をご用意しております」
「用意できる最高級レベル、ね」
私は自然とゼインが引いてきたワゴンを見つめる。これを基準にした最高級とはどれくらいのだろうか。
そんな私の視線に焦ったゼインは遮るように前に立った。
「アイザワキヨカ様にもご用意させて頂きます。しかし急な採用となってしまったのでお時間を頂戴しますがよろしいでしょうか?」
ストーリーテラーである私がこの世界の服を着て大丈夫なのかわからないが、とりあえず流れに従おう。
ダメだったら元の服に着替えれば良いし。
このエプロン達は決してみすぼらしくないからアビアナお嬢の後ろに立っても平気なはず。
私は頷いて見せればゼインは胸に手を当てて軽くお辞儀をした。
「それでは屋敷をご案内致します。どうぞこちらへ」
「行きますわよ〜!」
私はチラッと主人公であろうギルバートに目を向ける。すると怒りを含んだ眼差しが私を見つめ返してきた。
「んだよ。見てんじゃねぇよ」
「す、すみません…」
やっぱりまだクッションにしてしまったことを怒っている。
これから関わることになるのだから少しずつ親密度を上げていかなければ。
クラウンのように話しやすい人間が懐かしい……。
ーーーーーー
「この使用人部屋でお待ちください。少し散らかっていますが後ほど私が片付けましょう」
私はゼインに個室の使用人部屋へ連れられる。
たぶんここが私が完結まで寝泊まりする場所なのだろう。
アビアナお嬢に着いてきたお陰で衣食住は問題なく揃ったようだ。
ゼインは綺麗な礼をすると服を取りに行ってしまう。
「………翠ちゃん!」
その隙に私はサッチェルバッグから導きの書を出して翠ちゃんを呼んだ。
「キヨカ、怪我はない?転送する場所が悪かったみたいで空から落としちゃった。ごめんね」
「ううん!大丈夫!なんかわからないけど傷1つ出来てないから!」
私は導きの書に自分の腕を向ける。
木々の間に落ちた時、枝や葉っぱが私を襲ったのにも関わらず擦り傷さえも出来てなかったのだ。
それに加えワイシャツやズボンも無傷状態。
お陰で乙女の肌は守られた。
「ストーリーテラーが着る服は特別な素材を使ったものってハクレイ先生が言っていた。だから大抵の攻撃は通さないらしい」
「あっなるほど」
「けれどうちのせいでキヨカを落下させたのは事実。まだ司書に慣れてないとはいえごめんね」
「謝らなくていいよ。結果的には無事だったし」
「うゆ。ありがとう」
ふと、私は思い出す。そういえばここに来てから一度もあらすじを読んでいなかった。
レイドは常にあらすじを読んでおけと口うるさく言っていたし早く確認しなくては。
「あらすじならうちが教えるよ。じっくり読み解く暇もないだろうし簡単に説明するね」
「良いの?助かる!」
「うゆ。……キヨカはこの本の主人公をあのコワモテの傭兵ギルバートだと思っているようだけど実際は違う。この本の題名は【ただ1人に愛されし哀れな令嬢の本】」
「哀れな令嬢って」
「そう。つまりアビアナ・ヴァリアがこの本の主人公」
私は自分の予想が外れて目を大きく開く。だって最初に出会ったのはギルバートだったから完全に彼が主人公だと思っていた。
「けれどギルバートがただのモブってわけではないよ。彼こそが主人公に次ぐ主要人物だからね」
「そうなんだ。ストーリーはどんな流れなの?」
「現時点で執筆されている部分は、アビアナが以前暗殺されかけたことをキッカケに凄腕の傭兵ギルバートを雇う……って感じだね」
「あ、暗殺!?」
「キヨカ声が大きい」
翠ちゃんに注意された私は両手で口を塞ぐ。確かにこういう屋敷ではいつ誰が聞いているかわからない。声量には注意しなければ。
「アビアナお嬢何したの?まさかお嬢だから?それともお金目当て?」
「どっちも不正解。実はアビアナは」
何か重要な情報を教えてもらう瞬間、使用人部屋がノックされる。
「良いところなのに!」と心の中で叫んだ私は返事をしてドアを開けた。
「アイザワキヨカ様お待たせしました。こちらが着用する使用人の服となります。これを着てこの廊下を進んだ先にある中庭にお越しください」
「わかった。ありがとう」
「それではよろしくお願い致します」
服を持ってきてくれたゼインは私に手渡してすぐに去って行く。私はドアを閉めながら貰った服を眺めた。
「これって、メイド服?」
「へぇ。それがかの有名なメイド服なんだ。初めて見た」
「有名かはわからないけど私も実物は初めて。……これ着るの?」
「一応中にストーリーテラーの服を着ておいた方が良いんじゃない?スカート長いしズボンも隠れると思う」
「エプロンは?」
「その上から着るとか?」
私は落ち着いた感じのメイド服を広げて渋い顔をする。まさかこの私がメイド服を着る日が来るなんて。
確か都会ではこれを着ながらカフェを営む場所があるとか。私とは無縁の場所だ。
「うぅ恥ずかしい」
「大丈夫だよ。キヨカは可愛いから何でも似合う」
「……本当?」
「本当だよ」
マイフレンド(仮)が言うのであれば本当なのだろう。
私は上がる口角を抑えきれずにニヤついたままエプロンを外す。
そして元々着ていたワイシャツとズボンの上にワンピースのメイド服を着用した。




