1話 お嬢との出会い
前回本に入った瞬間、視界が渦のように揺れたのを学んで私は目を強く瞑る。
すると突然、宙に浮いた感覚になり髪の毛が一気に逆立った。
「私って三半規管が弱いのかな…」
今回はどんな世界だろうと考えながら揺れが収まるのを待つ。
しかしいつまで経っても身体は揺れている。
「はえ?」
痺れを切らした私は瞬きをすると目の前に真緑が迫っていた。
「うぶっ!いだだだだ!!」
木の中に突っ込んだということを理解したのはその数秒後。枝や葉っぱが身体を攻撃してくる。
みるみる下へ落ちていく私は、来たばかりで終わるのかと意外と冷静な頭で状況を分析していた。
「い゛でぇ!!」
「あだっ!」
木の中を通り抜けた私は何かにぶつかってそのまま地面へと倒れ込む。
ズキズキと痛む頭を摩りながら薄っすらと目を開けば猛獣のような影が。
「テメェ…!」
「ひっ」
「急に落ちてきて何者だぁ!?まさか刺客じゃねぇだろうな!」
うつ伏せに倒れる私の前には座り込みながら頭を掻きむしるコワモテの男。
体格も良くヤクザみたいな外見は私に冷や汗を吹き出させた。
「や、やべ」
「おい!何か言ったらどうだ!?」
私はビビリが発動しパクパクと口を動かすことしか出来ない。
今の状態では導きの書が出せないから翠ちゃんに助けを求めることも無理だろう。
そうなれば選択肢は1つ。全力疾走でこいつから逃げるしかない。
私はフラつきながら立ち上がり、手を前に突き出して距離を取る。
「ごめんなさい!でも私もよく状況がわかってないの!」
「はぁ?」
「たぶん空から落下して貴方をクッションにしちゃったのかも!ごめんなさい!」
「意味わからねぇ…。人間が空から落ちるなんて天使以外ありえねぇだろうが!」
「この世界に天使なんているの!?」
「例えだろ!!」
「ひぃ…」
さっきまで全力疾走が頭の中で浮かんでいたはずなのに、今では真っ白になって何も出来なくなる。
どうにかして自分の意識を保とうとするが過去の出来事が現在の状況とリンクして全身が震え始めた。
このままでは本当にヤバい。
本の世界の人がいる前だが導きの書を出して翠ちゃんに連絡を取ろう。
私は震える手でサッチェルバッグを掴んだ。
「テメェ何出す気……」
「オーッホホッホッ!!見つけましたわ〜!」
「「は?」」
するとどこからか聞こえる高笑いの声。普通の人が出す笑い方ではない。
それはまるでお嬢様のようなものだった。
私とコワモテの男は辺りを見回して謎の笑い声の主を探す。
次の瞬間、ガタガタとした別の音が森の中に響き渡った。
「そっちかぁ!?」
「探しましたのよ〜!新メイド!」
ガタガタ音が徐々に大きくなったと思えば草むらから荷馬車の馬無しバージョンが現れる。
そして4輪の小さなワゴンを引く大人とそのワゴンに乗る女の子が私とコワモテ男の間に滑り込んだ。
「待たせましたわね!新しいメイドを森の中まで迎えに行くことこそ淑女の嗜み!そこのあーたがアタクシの新メイド!会えて嬉しいですわ〜!」
ワゴンに立ち、高笑いを見せる小さな女の子。そんな女の子を宥めながら息を整えるのはスーツを着た青年。
「お嬢様…はぁ、はぁ…もう少し、お静かに…」
「もう、ゼインったら!こんな距離で息を切らして情け無い!さぁお2人とも乗ってちょうだい!お屋敷に戻りますわよ!」
「おい待て待て!話が見えねぇ!勝手に出てきて勝手に話進めんな!」
そう叫ぶコワモテ男に同意するように私はコクコクと首を縦に振る。
起こりすぎている様々な出来事に言葉が浮かばなかった。
「あら!確かに名乗ってもいませんでしたわね。許してくださいまし。ではゼイン!説明してあげて!」
「はぁ、はぁ…かしこまりました。こほん」
ゼインと呼ばれた青年は息を整えると姿勢を正す。そして綺麗なお辞儀をし、女の子へ片手を向けた。
「突然の登場に驚かせてしまい申し訳ありませんでした。こちらはヴァリア家のご令嬢、アビアナ・ヴァリア様です」
「オーッホホッホッ!」
「凄い笑い方」
「これは私の方で何度も注意しておりますが治る気配がなく…」
「な、なるほど」
ゴリラのような独特な笑い方に私は引き攣った顔になってしまう。そんな私とは別にコワモテ男は大きくため息をついた。
「まさかとは思うが俺に護衛の依頼を出したのはこのお嬢さんなのかぁ?」
「え?依頼?」
「貴方が傭兵のギルバート様ですね?此度の依頼を受けて頂き感謝いたします」
「はぁ……」
何となく話を聞くにギルバートと呼ばれるコワモテ男は傭兵で、謎の一家ヴァリア家のご令嬢さんの依頼を受けていたらしい。
そんなギルバートをご令嬢のアビアナとたぶん執事のゼインが迎えに来た、という流れだろう。
私は顎に手を当てながら推測する。
「そちらの方は?」
「あ?こいつのことなんて知らねぇよ。空から落ちてきたんだとよ」
「えっと、その…藍沢清香です」
「アイザ?あーた変な名前ね!異国の人かしら?」
「まぁ…そんな感じですかね?」
「あらそう!ならあーたも乗りなさい!アタクシのメイドなのだから!」
「えっ?」
「お嬢様。失礼ながらこの女性は我々が迎えにきたギルバート様とは無関係の方で」
「えぇ!?こんなに可愛い子をメイドにせず放っておけと言うのかしら!?」
「可愛い、子?」
私はその単語にピクリと肩を揺らす。どこまでも真っ直ぐな言葉は私の心に刺さった。
ハクレイさんには頻繁に可愛いと言われているが、ここまで純粋な気持ちでは無いと思う。
初めて心から可愛いと言われたような気がして私はアビアナ・ヴァリアちゃんを見上げた。
「ええ!可愛いわ!お人形さんみたいに!」
「お人形さん…」
「オーッホホッホッ!アタクシのメイドになれば更に磨きが掛かってきっと素敵なレディになれますわよ!どうかしら?悪くないでしょう?」
「なりますメイド!!」
「アイザワキヨカ様!?」
「テメェ何言って…」
私は片手を頭の横へ持っていき荷馬車に立つアビアナお嬢へ敬礼する。
メイドは敬礼なんてしないと思うけれど敬意を示せればそれで良い。
それに本の世界に来て早々に出会ったギルバートこそがこの本の主人公とみた。
この人がアビアナお嬢に雇われるのなら私も着いて行くしかない。
「お嬢!私、着いていきます!」
「オーッホホッホッ!良い返事ですこと!さぁ馬車に乗りなさい!そこのコワモテ傭兵もまとめてお屋敷へ連れて行きますわよ〜」
私はアビアナお嬢に手を引かれてボロボロのワゴンの上に乗る。
これはたぶん人を乗せる用の物ではないな。でも別にそんなの関係ない。
私を心の底から可愛いと思ってくれているお嬢に着いていけるのなら泥舟でも乗ろう。
はしゃぐ私とお嬢を後ろから見ていた男性陣2人はあっけらかんと突っ立っていた。




