仲良し(仮)な2人
瞬きをしたら図書館だった。無数の本棚が私を見下ろすように聳え立っている。
そして目の前には赤黒マッシュのクソ上司。
「近いんだけど!!」
思わぬ近さに腕を伸ばすとレイドは予想していたように大人しく突き飛ばされた。
なんだかこの流れ、前にもあった気がする。
「ってかクラウンは?なんで図書館に戻っちゃったの?」
「本が完結したからだ」
「え?だってまだ火山に月生の血玉入れてないよ」
「俺達の役目はここで終わりだ。クラウンはこの後問題なく火山の噴火を抑えハッピーエンドを迎える。最後の山場さえ越えれば登場人物は流れに身を任せられるんだ」
レイドはそう説明しながら石造りの台座に乗せられた本を静かに閉じる。
私達は確かにさっきまでその本の中に入っていた。しかしクラウンを工房から見送った瞬間にここへ戻ってしまったのだ。
わかっていたらお別れをきちんとしていたのに。
これも最初から教えてくれないレイドのせいだ。
「最後の挨拶がご褒美に対する興奮って……最悪なんだけど」
「お疲れ様です。キヨカ、レイド」
すると台座のある広間にハクレイさんがやってくる。
頻繁に導きの書では話していたけど、やはり実物を見ると怪しさのレベルが違う。
そのハイライトの無い目に映されているだけで謎にゾッとする。
「ただいま戻りました。ハクレイさん」
「た、ただいまです」
「2人とも良い執筆でしたよ。特にキヨカ。最初のお仕事でここまで自分の能力を発揮できるなんて。とても素晴らしい人材です。後で脂身いっぱいのお肉と不健康なラーメンを食べさせてあげましょう」
「本当ですか!?」
私はハクレイさんに頭を撫でられながら目を輝かせる。そんな私をジッと睨みつけるのはクソ上司レイド。
「レイドもよく頑張りました。キヨカの面倒を貴方に任せて正解でしたね。後で沢山甘やかしてあげましょう」
「いや、そこまでは……」
「クソ上司照れてる〜。やっぱりハクレイさんのことしか考えてないんだね」
「黙れクソ野郎」
私から手を離したハクレイさんは続けてレイドの頭を撫でた後、台座から本を持ち上げる。
図鑑レベルにデカい本をあの細い腕で軽々持てるのは本当に不思議だ。
「さて、お仕事が終わった2人は部屋に帰ってもいいですがその前に。キヨカが持ち帰った栞を受け取りましょうか」
「栞?私そんな物持ってないですけど…」
「クラウンから貰っていただろ。そのエプロンに突っ込んでなかったか?」
「それって…」
エプロンのポケットに入れたのは栞ではなく錬成した勾玉だ。
2人が言っていることはわからないが素直にポケットの中身を出すと、ハクレイさんが驚いたように声を出した。
「まぁ…」
「嘘だろ。栞になってない?」
「だから栞って何?私が貰ったのは勾玉だよ」
「なるほど。やはりこの子は特別なのですか」
ハクレイさんは私の手のひらに乗せられた勾玉を突っつくと納得したように頷く。
私は話についていけなくて眉間に皺を寄せた。
「ふふっ、そんな可愛い顔しなくてもちゃんと教えますよ。実は本の世界からこちらに持ち帰った物は全て栞となってしまうのです。しかしなぜかキヨカが持ち帰ったこの勾玉は栞になることなく実物で存在している。面白いですね」
目が笑ってない顔で微笑むからまたゾッとした寒気が背中を伝う。
別に怒っているわけではなさそうだけど、勘違いしてしまうから早くハイライトを宿して欲しい。
「そういえばクラウンの錬金が終わったら教えてくれる約束だったな。それは一体何なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!実はこれクソ上司のために作った勾玉なんだよ〜。とても良い香りのハーブとクソ上司の髪色に似せた宝石を使って錬成したんだ」
「ふーん」
「どう?泣く?泣いちゃうでしょ?可愛い部下からのプレゼント!」
クラウンと作った勾玉をレイドに渡すと興味無さそうな顔で眺める。
そして泣くことも、壊されることもなくハクレイさんに渡した。
「これは司書が預かるべきです。保管よろしくお願いします」
「はぁ!?」
「あら?せっかくキヨカがくれたのに良いのですか?」
「本の世界から持ち帰った栞は全て司書に渡すのが原則です。これも元は栞となるはずだったもの。ハクレイさんに渡すのが正解でしょう」
「いやちょっと待って」
「わかりました。ではこちらは幻想図書館の方で大切に保管しておきます」
「えっ」
私は放心したようにその場に立ち尽くす。受け取ってもらえないのなら目の前で壊された方がマシだった。
そんな私を見てレイドはため息をつくと面倒くさそうに近づいてくる。
そして私の頭に手を乗せ、ハクレイさんとは真逆の撫で方をした。
「ちょっ」
「俺のために作ってくれたことには感謝する。ありがとう」
「クソ上司…」
「それに今回の執筆はクソ野郎の力が無ければスムーズには行かなかっただろう。まさか血痕を見ただけで登場人物の背景を読み取れるなんて思わなかった。……想像力があって、凄いな」
「クソ上司!」
「何だよクソ野郎」
やっぱりこの人は激しめのツンデレだ。
今までのツンがデレに変換されたようで私は口角を上げてしまう。
こんなので数々の無礼な対応を許せそうになる私はチョロいだろうか。
「ふふっ、2人とも仲良くなったようでなによりです」
「はい!仲良く…」
「仲良くなんてありません」
「は?」
「さぁ戻るぞ。お前にはロビーと準備フロアしか案内していない。個室や食堂の説明をしてやる」
「ねぇクソ上司今なんて」
「早くしろクソ野郎」
やっぱりこいつ嫌いだ。一瞬でも絆されそうになった自分が恥ずかしい。
私はこれまでの鬱憤をぶつけるようにレイドの背中へ嫌味を吐き出す。
そんな私達をハイライトの無い目は微笑ましそうに見守っていた。




