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13話 完結

クラウンside

「不思議、だな」


 キヨカに叩かれた背中はヒリヒリと痛むがその感覚があの時と全く同じで俺は口角を上げる。


 ティアも遠慮のない奴でそれに何度ため息をついたかわからない。

 しかしその遠慮のなさが俺を孤独から解き放ってくれた。


『私はあんたを天才錬金術として扱わないから。だってなんかムカつくんだもん』


 初対面でそう言われた時は俺も苛立ちを感じたが表に出すことは無かった。

 どうせこいつも根本的なものは他の奴らと同じだと思っていたから。


『ちょっと見てよこれ!この前あんたがやっていた王国の花の種を錬金したんだけど馬鹿デカくなっちゃった!これ割ってあたしの胸に付けたらGカップも夢じゃないでしょ!』


 でもすぐにティアは少し……いやだいぶ他の奴らと違うことを知った。

 こっちが胃を痛めるほど沢山やらかし、危なくなったら俺に丸投げ。


 しかし凡才と自分で言いながらも挑戦する姿は俺が歩んできた人生と違ってとても綺麗に見えた。

 そう意識してしまえば見る目も特別になっていく。


『あんたって恋愛経験無いでしょ。ちょっと近づくだけで顔赤くするし。テンサイ錬金術師の異名を持つ人間の弱点みーつけた』


 そうやってからかう姿も錬金勝負でムキになる姿も全部が綺麗で愛おしかった。


 けれどあいつも言っていた通り、俺は人生で錬金しか触れてこなかった男だ。

 どうやって気持ちを伝えたら良いのかわからずに悩んでいた日の夜。


 ティアはまた俺に勝負を持ちかける。


『……出来た。これあげる』


 彼女の錬金釜から出てきたのは歪という表現が相応しい指輪。

 この歪みではどの指にも嵌められない。


 そんな銀の指輪を俺に突き出すティアの耳は真っ赤に染まっていた。


『この指輪、もう1つ錬成しようと思っているんだけど。……そうだよ。私の分』


 自分は孤独では無くなったと自覚した瞬間だった。

 でも俺が知らないうちに孤独という単語は俺から消え去っていたのだろう。


 指輪を渡してくれた愛おしい人のお陰で。


『ねぇ本当に月生の血玉を錬成するの?確かにあれは難易度が高いから作れる人は限られている。でも別にあんたじゃなくても』


 そして訪れてしまった悲劇の始まり。王国から依頼された火山の噴火を抑えるための宝石の錬成。

 ティアはそんな依頼に乗り気では無かった。


『けど、あんたが作るって言うのなら私は止めない。ただし!絶対に支え役は私を使うこと!他の人に頼んだら引っ叩くからね!』


 俺の腕とティアの存在があればどんな錬成も可能だと思っていた。

 頬を膨らませる顔に手を添えて優しく撫でれば安心したような表情になるティア。


『ふふん!あっ、それと錬成始める前にいつものおまじないも忘れないこと!なーんか最初はやりたくなかったけど今なら作れそうな気がしてきた。まぁうちの旦那は最高の錬金術師だから大丈夫か!』


 ティアとの思い出は褪せることなく俺の中にあるのに、それを否定する声は収まらない。


「っ…」

「クラウン?」

「キヨカ、手を添えててくれ。レイド、声掛けはもう大丈夫だからそのまま意識を保てるように頼む」

「任せろ」


 ヘラから伝わる粘着質な感触は材料同士の繋がりを表している。


 奇妙なリズムで腕が痛い。それ以上に俺の思考を妨害する、ネガティブな俺の声で頭が痛い。

 時折揺れる工房に狂わされそうにもなる。


 逃げたい楽になりたいティアに会いたい。そんな感情が溢れて止まなかった。


「ティア…」


 もうお前はこの世界に居ない。俺のせいでお前は死んだ。

 目が見えなくなり止まらない血にもがくお前を何度も夢で見た。


 でもその度にお前は俺を探すように手を伸ばして言葉を絞り出してくれた。


「大丈夫…大丈夫だ…」


 信じてくれたのに何も返すことが出来ない俺をお前は憎んでいるだろうか。

 いや、そんなことはないな。ティアは誰かを恨む人間じゃない。


 俺がそう信じなければ。俺の手にある微かな温かさはお前のものと思いたい。


「ティア、すまないな…。お前を殺した奴を…作ってしまうみたいだ」


 材料達は1つになる。腕は上げるのも辛く明日は筋肉痛だろう。

 それでも俺は微笑んでいた。ヘラの動きを止めてゆっくりと錬金釜から引き上げる。


「クラウン」


 キヨカから心配する声が出たので俺は頷いた。そうすれば背中に添えていた手から力が抜ける。


「やったのか?」


 レイドは踏んでいた足を恐る恐る自分へ戻し、錬金釜を見つめる。


 粘着質のある錬成物は徐々に固形へと変化していき青白い光を発した。


「めっちゃ綺麗…」

「これが月から生まれた光ってわけか」


 失敗した時とは違う強くも優しい光。側に居る俺達を包み込んでくれるようだった。

 この光をティアは見てくれているだろうか。


 すると光はみるみるうちに収まっていき、血のように赤く染まり始める。


 これが月生の血玉。苦労してレシピを見つけティアと共に手にしたかった宝石。


「完成だ」


 俺は釜の中に転がる月生の血玉を摘んで2人に見せる。

 キヨカは歓喜の声を上げ、レイドは無表情に月生の血玉を眺めていた。


「凄い凄いよ!流石クラウン!完璧な錬成じゃん!」

「2人が居てくれたからだ。それにティアも。俺1人では作れなかった」

「あとはこれを削って火山に放り投げれば良いんだな」

「そうだ。ここまで来れば残りの作業は容易い。早速王国に完成したことを知らせよう。地震の頻度からして1分1秒も惜しいはずだ。手紙を送ってくるからここで待っていてくれ」


 俺は2人にそう言って月生の血玉を保管し、工房を出ようとする。するとレイドに声を掛けられた。


「クラウン」

「どうした?」

「素晴らしい錬金術と月生の血玉を見せてくれて感謝する。この出来事は俺達の大きな思い出と経験になるはずだ」

「お礼を言うのはこっちの方だ。何度言っても言い足りない。お前達のことは王国にも伝えておこう。きっと何か褒美を貰えるはずだ」

「ご褒美!?国からのご褒美って何だろう!」

「静かにしろクソ野郎。……クラウン、足止めして悪かったな。手紙を送ってやれ」

「ああ。すぐに戻る」


 キヨカは嬉しそうな笑顔を浮かべて俺に手を振り、レイドは腕を組みながら返事をする。


 まさか旅人の2人にこんな助けられるとは。個人でも後で何か贈ってやらないと。


 俺は家に戻り素早く報告の手紙を書く。そして外で控えていた伝書鳩に括り付け、王国へと飛ばした。

 そのままキヨカ達に紅茶でも出そうとまた工房に戻る。


「2人とも返事が来るまでお茶を」


 しかし工房には誰も居なかった。


「……俺は一体、誰を探しているんだ?」


 何かがスルリと抜け落ちたような気がする。しかしその何かがわからず俺は額に手を当てた。


 確かに俺は誰かと居た。そして誰かに助けられた。けれども思い出せない。

 でも深く考える必要はないと思い、俺は大釜の前に立った。


「ありがとうな」


 火山の噴火はこれで抑えられるだろう。

 ただ噴火が無くなるわけではない。次に俺がするべきことをゆっくり考えよう。


 俺は首に掛かる歪な指輪のネックレスを握りしめる。まだそちらに行く日は遠いようだ。

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