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12話 結末への案内人

 しかし物語の終盤には山場というものが沢山用意されている。

 この本は精神に干渉されることだけでは終わらないようだ。


 再度、クラウンへ追い打ちをかけるように工房が揺れ始める。


「また地震!?」

「チッ、厄介だな」


 朝食中に起きた揺れよりも激しさが増しているような気がして私は思わずその場にしゃがみ込んだ。


 しかしそんなことを出来るのは私やレイドだけ。

 クラウンは揺れが起こってもリズムを崩さずに混ぜなければならない。


「俺が身体を支えた方が良いか?」

「いや……まだ平気だ」


 揺れは長くは続かないが次いつくるかは誰も予想出来ない。

 緊急地震速報なんてこの世界にあるわけないだろうし。


「ねぇ私に何か手伝えることある!?」

「黙っていろ」

「あーーもう!!」


 認めたく無いけれど自分でもそれが1番助かる行動だと思っている。

 任せられる人に任せた方がクラウンも安心だろう。


 それでも私の性格からすれば、大人しくしているのはもどかしくて頭を掻いてしまう。


「っ、レイド」

「どうした?」

「俺の足…踏んでくれ。ぼんやり、してきた」

「私が踏んであげる!」

「そこから動くな!クソ野郎!」


 だいぶクラウンの精神は月生の血玉によって乱されているようだ。


 実際に体験していないからどんな感覚なのかはわからない。

 けれど冷や汗を流しながら歯を食いしばる様子を見るに辛いのは一目瞭然だった。


 レイドには怒鳴られたし私はここでしゃがみ込むことしか出来ないのだろうか。


「キヨカ」

「え?」


 すると私のサッチェルバッグから女神の声が聞こえる。

 2人にバレないよう急いで導きの書を取り出すとハクレイさんの声が小さく聞こえてきた。


「は、ハクレイさん…!私どうすれば」

「落ち着いてください。終盤の執筆なら心に余裕を持たなくては」

「この状態で余裕なんて」

「ええ、わかっていますよ。キヨカは初めての執筆です。だから司書である私がこうやって声を掛けているのですから」


 優しい声を聞いて泣きそうになる。きっと私の支え役はハクレイさんだ。

 地震で動揺が生まれてしまった私は縋るように浮かぶ導きの書を掴む。


「今回の仕事の目的は未完結を完結するだけではなく、キヨカの新人研修も兼ねています。よって今から物語の山場に遭遇した時に使えるスキルを教えましょう」

「スキル…!もしかして一旦時を止めるとか、都合良く流れが進んじゃうチートとかですか!?」

「ふふっ。それは便利で面白いですね。しかしそんなものがあってはつまらないでしょう?貴方もストーリーテラーでありながら1人の主人公なのですから」


 最後の言葉の意味は理解出来なかったが、とにかくチートスキルを貰えるわけではなさそうだ。


 不安になる気持ちが顔に出ていたのかハクレイさんは「可愛いですね」とまた笑う。


「キヨカ。確かに貴方は主人公でもありますが現在はストーリーテラー。この物語を導く主導権は貴方にあります。勿論、レイドにも」


 導きの書は大釜の前にいる2人を眺めるように傾く。


「キヨカは今のクラウンを見てどう想像しますか?」

「えっ想像?何の想像?」

「クラウンの心情、背景、そして彼が今戦っているもの。キヨカはどう読み取っていますか?」

「えっと…」

「貴方なら掴めるはずです。だって一度、経験しているのですから」


 私はハクレイさんに言われてクラウンを見つめる。

 混ぜるリズムは乱れてないがその顔は苦しそうで今にも逃げ出したい気持ちを表していた。


 意識を保つためレイドに足を踏んでもらっているがあまり効果は見られない。

 大釜の中身は徐々に材料同士が繋がっているけど、完成にはまだ掛かりそうだった。


「……クラウン」


 またフラッシュバックが起こった時の感覚が私の脳内を走りそうになる。

 後もう少しで何かが見えそうな気がした。私は情報を整理しようと目を瞑る。


「良いですか?ストーリーテラーとは本を語り結末へ案内する者です。そんな案内の対象者は読者だけではない。その世界の登場人物も物語に迷い込んだ者。だから案内人は文章では記されていない情報全てを手に取る権利がある」


 ハクレイさんの言葉はじんわりと私の中に染み込んでいく。


 動揺していた心が安定して頭の中では鮮明な光景が映し出されていた。

 それはティアさんの血痕を見て、フラッシュバックした時よりもハッキリとした誰かの記憶。


「さぁキヨカ。主人公を結末までご案内してあげてください」

「はい」


 導きの書は光を失い私の手に収まる。目を開けた私はそれを収納し、しっかりとした足で立ち上がった。

 そして精神の干渉によって荒い呼吸をするクラウンの側へ向かう。


「クソや…」


 レイドは振り返り、近づく私にまた怒鳴ろうと口を開くが目を丸くすると途中で止めた。

 何かを察したのだろう。


「き、キヨカ?」


 クラウンも離れていたはずの私が隣に来て驚いているようだった。

 そんなクラウンの背中に私は手を添える。


「クラウン。今から思いっきり背中を叩くね」

「え」

「おいクソ野郎、何するつもりだ」

「ティアさん流のおまじない。行くよクラウン」

「……ああ」


 何かを言いたげにしているクラウンだったがすぐに覚悟を決めて頷く。

 私は細く薄い背中に渾身の平手打ちをお見舞いした。



 これは彼らが初めて月生の血玉を錬金する前にお互いに行った願掛け。

 ティアさんに思いっきり叩かれたクラウンは心の底から勇気が湧き、幸せそうに微笑んでいた。

 それがクラウンとティアさんの最後の強い記憶だった。

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