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9話 ヤケクソ錬金

「何やってんだろうな。王国の危機がすぐそこまで迫っているのに簡単な錬金ばかりしているなんて」

「良いじゃん良いじゃん。まだ大丈夫だよ」

「ハハッ。キヨカの楽観的な考えは面白いな。レイドとは真逆で……だから2人は相性が良いのか」

「最悪だよ」


 クラウンは何かが切れたように次々に錬成をしていく。もうここまで来るとヤケクソなのだろう。


 テーブルの上にはとてつもない効果を秘めている薬草や、おかしな植物が生える種が散らばっている。

 どれもクラウンが錬成した物で私はほとんど傍で見ているだけだった。


「実はティアもキヨカのような考えの持ち主だった。とにかく自分の楽しいや面白いを優先する奴ででな。出会った頃は嫌いな人間の部類に分けていた」

「でも結婚したんだから好きになったんでしょ?」

「絆されてしまったんだ。常に自分優先なティアは俺を天才錬金術師として扱うことが無かった。それが初めてで妙に心地よくてな」

「あらま〜」


 私は完成した錬成物をいじくり回しながらクラウン達の馴れ初めを聞く。

 こういった恋愛話は大好物だ。特に純愛なら純愛なほど喜んでしまう。


「誰も俺に錬金勝負なんて挑まなかったのに唯一ティアだけは挑んできたこともあったな」

「勝敗は?」

「俺が全勝…いや、1回だけ負けたか」

「え?マジで?」


 クラウンは思い出すように鼻で笑うと一際大きな爆発音と煙を錬金釜から出す。

 その音に釣られて振り返れば、クラウンは銀色のリングを取り出した。


「ティアはある日とてつもなく歪んだ指輪を錬成したんだ。その勝負が初めて錬金で負けた時だな」

「ま、まさかその指輪って」

「あいつからの結婚指輪だ。元々はこの形になるはずだった」

「きゃああああ!!」

「キヨカ?」

「何それめっちゃ良すぎる!歪んでも指輪を渡してくれるなんてかっこいい!私もそんな存在欲しい!」

「キヨカ落ち着いてくれ。そしてテーブルを叩くのをやめてくれ」


 私はあまりの興奮に拳を叩きつけてしまう。クラウンは慌てて止めてくるが、半分は諦めたように笑っていた。


「いや〜通りで2人から温かい気持ちが流れてくるわけだよ。聞いている私まで幸せ」

「幸せ、か。俺はティアを幸せに出来たのだろうか」


 するとクラウンは錬成したばかりの指輪を握りながらポツリと呟く。


 私はそれを横目にもう一度、赤い点のある場所に目を向けた。

 また感じ取れる優しい思考。クラウンは本当に愛されているんだ。


「絶対に幸せだったよ。ってか今も幸せなんじゃない?私にはわかる」

「…そうか」


 指輪を錬金釜の側に置いたクラウンは散らかし放題のテーブルを眺める。

 そして錬成した物を1つ1つ確認していった。


「これは初めて錬金術に触れた時に作った薬草。あの時と同じで完璧に仕上がっている。そしてこっちは王国に腕を認めてもらうために錬成した種。この種は気候関係なく王国を象徴する花を咲かせることが可能だ」

「じゃあこれは?」

「ティアと初めて大喧嘩した時に謝罪の品として作った宝石のアクセサリーだ。でもあいつはアクセサリーなんかに興味はなく身につけてくれなかったがな」


 なんだ、手当たり次第錬成していたわけじゃないのか。

 私はテーブルに乗る1つ1つにクラウンの物語が詰め込まれていることに感心する。


「物語って人だけが対象じゃないんだね…」


 たぶんハクレイさんに聞かれていたら「よく気付きました」と褒めてくれそうだ。

 今はクラウンと一緒に居るからか導きの書はピクリとも動かないけど。


「でもまさかこんなにも錬金術に思い出があるなんて」

「生まれてこの方錬金しかやってこなかったからな」

「でもその中にクラウンの人生があるのは確かだよ。私は十数年しか生きてないけどなんて言うか……深いものを感じ取っている」

「ハハッ。そう思ってもらえて光栄だ」


 これでクラウンの心は晴れただろうか。もう私の中ではこれ以上の案が思い浮かばない。


 窓の外を見れば空はもう黒に染まっていて、長時間工房に居たことがわかった。


「どう?楽しい?」

「……ああ」

「もう怖くない?」

「いや、怖い。きっとあの大釜の前に立てばトラウマが蘇るだろう」


 クラウンは大釜に首を向けると目線を下にする。やはり血の跡が残っていることには気付いていたのだ。


 しかしさっきまでのように逸らしてはいなかった。ジッと見つめて何かを考えている。

 私は黙ってクラウンの回答が出るのを待った。


「だが作ってみたい」

「え?」

「俺の妻を殺したあいつを完璧に作ってみたくなってきた」


 その瞬間、私の腕には鳥肌が立つ。それはまるでピンチの場面にヒーローが登場した時のような興奮感だった。


「少し1人にしてくれないか?あいつについて考えたいんだ」

「う、うん。わかった」


 私は大きく感じるクラウンの背中に頷いて、工房を後にした。


「素晴らしい執筆だった」

「うわっ!クソ上司!?」


 工房を出て家に向かおうとした時、赤黒色のマッシュヘアが仁王立ちで私を睨みつけている。

 時間も時間なのでお化けかと思った。


「物語の風向きが良くなっている。現在クラウンは挫折から立ち上がるシーンに入っているだろう。後は待つだけだ」

「いや何でここに居るの!?まさかずっと張り付いていたわけ?」

「クソ野郎がヘマしないか見守っていただけだ。まぁ色々と言いたいことはあるが、お前はちゃんとストーリーテラーの仕事を成し遂げた。それは褒めてやる」

「あっそ」


 褒めるならとことん褒めてくれれば良いのに、余計な言葉が混じっているので素直に受け取れない。


 私もレイドを睨み返していると、彼の手に1冊の本が握られているのがわかった。

 ……後の行動はレイドに任せれば大丈夫そうだ。


 すると私は勾玉のことを思い出すがうっかり置いてきたことに気付く。


「しまった。これでクソ上司泣かせようとしたのに…」

「あ?」

「何でもなーい」


 勾玉は明日取りに行けば良いだろう。今はクラウンの邪魔をしない方が良い。


 私はレイドと共に工房への扉に目を向ける。着々と物語に終わりが近づいている気配がした。

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