8話 楽しさの原点へ
クラウンは小さな錬金釜と材料が入っている箱を用意してくれた。
材料箱の中には色とりどりの宝石と雑草みたいなのが入っている。
「この草は庭で引っこ抜いてきたの?」
「雑草じゃないぞ。これはハーブの一種でここ近辺ではメジャーなものだ」
「こっちの宝石は?」
「宝石って言うほどの価値は無いが石よりは値が付く物だな。この中で好きな香りと好きな色を選んでくれ」
私は頷いてハーブを摘んで香りを嗅いでみる。
「めっちゃオシャレな香りする!駅ですれ違った美人なお姉さんが付けてそう!」
「な、何を言っているんだ?」
「こっちは爽やか〜!スポーツ男子が初めて買った制汗剤の香りみたい!」
「……キヨカは独特な感性を持っているんだな。気に入った香りはあるか?」
色々と嗅いでいると鼻がおかしくなってくるが私は何とか1種類のハーブを選ぶ。
そして次に宝石を見せてもらったのだが…
「これにする」
ハーブとは違い迷うことなく黒色の物を選んだ。
何となくこの色はクソ上司の髪色に似ているのだ。本来は赤黒色なのだがどちらかと言えば黒寄り。
もしまともな物が出来上がったらプレゼントして泣かせてやろう。
目の前で捨てられる確率が高いけど。
……ティアさんもこんな気持ちだったのかな。
先ほど脳内に浮かんだからかうような笑みを浮かべる女性の姿を私は思い出す。
「そしたらハーブと宝石をすり鉢で別々にすり潰してくれ」
「潰すの?」
「今回作るのはそういう手順なんだ。……キヨカ、それはすり潰すのではなく叩き潰すだ」
「潰せれば同じだよ」
「高難易度な錬金術だとそうはいかないぞ?1つ1つの手順に正解があって少しでも間違えれば失敗してしまう。俺達みたいにな」
「反応に困るんだけど」
でもこの錬金術は初心者向けなので叩き潰すのでも大丈夫らしい。
この黒い宝石をレイドの頭だと思って怨念を込めさせてもらおう。
「くたばれクソ上司」
「さっきからブツブツ何言ってるんだ?」
「送る相手を思って叩き潰しているんだよ。何事にも愛情が必要でしょ?」
「………」
「クラウン?」
「すまない。ティアも同じようなことを言っていたなと」
「そっか。まぁクソ上司に対しては愛情も何もないんだけど…」
思考の中で動いていたティアさんは私と違い、錬金釜に触れながら愛おしそうな表情をしていた。
そして錬成した物をクラウンへ自慢するように見せていたのだ。
「じゃーん!どうよ?ボコボコにしてやった」
「……見事だ」
「次はハーブをグチャグチャにだよね?やってみる」
「すり潰すだけだぞ」
ハーブをすり鉢に入れて潰していけば優しい香りが辺りに漂う。レイドの冷たさとは真逆の温かい香りだ。
「これ紅茶にしたら美味しいのかな〜」
「毒性があるものだから体内に入れれば死んでしまうぞ」
何だか紅茶が飲みたくなってくるけど我慢して準備を終える。テーブルの上には細かくなったハーブと宝石が置かれていた。
「では最後の行程だ。これらを錬金釜に入れてリズムよくかき混ぜてくれ。そうすれば固形になって錬成完了だ」
「混ぜるだけで良いの?」
「錬金釜に埋め込まれている特殊な石が材料に力を与えてくれる。これを説明するには長い時間と膨大な知識が必要だから今はやめておこう」
「そういうのはクソ上司相手が良いかもね」
私は叩き潰した材料達を小さい錬金釜の中に入れていく。そしてクラウンが差し出してくれたヘラのような物を受け取り、リズムよく回した。
「こう?」
「は、初めて見る動かし方だな」
「あれ?リズムってこうじゃないの?」
「それはリズムとは言わない。ちょっと上側を握るぞ」
クラウンはヘラの上を持つと混ぜる速さやテンポを実際に教えてくれる。
すると段々と材料にもったり加減が出てきた。
「その調子だ。じゃあ後は今のリズムで…」
「あっ待って離さないで。たぶん離した途端に私のリズムは崩壊する」
「キヨカがやりたいって言ったのではないか?」
「私は錬金術に触れられれば良いだけだもん」
「そ、そうか」
少し呆れたような顔になるクラウンだが、手を離すことなく私と共にかき混ぜてくれる。
次第に表情は柔らかくなって何かを思い出しているようだった。
何だろう、また不思議な感覚になる。クラウンが考えていることの一部が流れ込んでくるようだった。
「楽しい?」
「それは俺が聞くセリフでは?」
「私はめっちゃ楽しいよ。クラウンは?」
「………」
「顔は楽しそうだけど」
「……久しぶりにこんなにも簡単な錬金をしたからな。自分の思い通りに錬成されていくのが面白い」
材料は固形から餅状に変化していく。クラウンのリズムは崩れることなく一定を保っていた。
これが簡単なんて凄すぎる。
私は、元居た場所では見られない技術に目を奪われながらもクラウンから滲み出る暖かさに笑みを浮かべた。
「そろそろだな。この状態で一旦ストップして数分置くんだ」
「そしたら完成?」
「ああ。完璧な仕上がりになるはずだぞ」
クラウンが私の手と共にヘラを持ち上げると本当のお餅のように伸びる。
しかし色はハーブと宝石が混ざった何とも綺麗な色で私は目を輝かせた。
「……ティアさんもこんなふうに思ってたんだろうなぁ」
「えっ?」
「私1人で混ぜていた時よりもクラウンと一緒に混ぜた時の方が楽しかった。それに安心感もあるから失敗が全然怖くない」
私から生み出された幸せな気持ちがティアさんから感じ取れた思考とリンクする。
さっきまでは感情移入に近かったのに、今では私がティアさんのように思えてきた。
「クラウン」
材料は重力に従ってゆっくりと落ちていく。そして錬金釜の中に入りじわじわと固形へ変化していった。
「私がこの物語の作者なら、クラウンに錬金術の楽しさを思い出させたい」
すると釜から可愛い爆発音が聞こえてキラキラ輝く霧を漂わせた。
クラウンはハッとして錬金釜に手を伸ばし、錬成された物を取り出す。
彼の手には洗礼された美しさを放つ勾玉が乗せられていた。
「他の錬金も一緒にやってみたいな。それとティアさんの話ももっと聞かせて。きっとこれらがこの状況を抜け出す道だと思いたいんだ」
私はクラウンの顔を覗き込みながら笑う。勾玉を見つめるクラウンは瞳を潤ませながら小さく頷いた。




