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狭間 ヒステリックの青年【レイド・プロローグ】

レイドside

 クソ野郎がクラウンと工房に行った音が聞こえる。それと同時にハクレイさんが導きの書から出てきた。


「レイド。貴方はこのままここで待機です」

「…かしこまりました」

「ふふっ。キヨカが心配ですか?」

「別にそういう意味ではありません。ただ余計なことをしないかが心配で」

「レイドは優しいですね。図書館に帰ってきたら沢山褒めてあげましょう」

「……」


 もう子供じゃないのに勝手に上がりそうになる口角に嫌気がさす。

 またハクレイさんが小さく笑ったので俺の口角がヒクついていることはバレているのだろう。


「優しさとかではないです。現実的に考えてクソ野郎が1人で執筆をするのはまだ難しい。しかも段階的に今が重要シーンなはず」

「その通りです。だからこそキヨカの出番なのですよ」

「クソ野郎に任せられるのですか?」

「任せられるから貴方に待機を命じています。大丈夫。あの子は並外れた想像力の持ち主です」


 想像力の単語に俺はピクリと肩を揺らす。想像力とはストーリーテラーにとって最大の武器だ。


 そしてその力は俺には無いもの。自然とクソ野郎に苛立ってしまう。


「あいつにそんな力があるようには見えません」

「想像力というのは表に出るものではありませんからね。レイド、顔が怖くなってますよ」

「…失礼致しました」


 あいつの前ならきっと涼しい顔で居られる。でもハクレイさんの前だと表情筋が上手く制御出来ない。


 俺はため息をつきながら、ストーリーテラーになったばかりの頃教えてもらった想像力について思い出した。



 想像力とはすなわち自分が経験していないことを頭の中で思い浮かべること。

 それは自分が物語の人間になれないストーリーテラーにとって1番大切なものと言っても過言ではない。

 想像力があれば登場人物達が考えていることや、落ちているキッカケを読み取り適切な行動を導き出せる。

 全ての点が線となった瞬間にはフラッシュバックのような現象が起こるとか。



「……この物語はクラウンが錬金術師としての心を取り戻せれば完結へ走れます。この1週間、俺はキッカケとなるものを探してきました」

「レイドは見つけられましたか?」

「鍵はいくらでもありました。けれど、俺には想像力が無いから何も感じ取れない」


 クラウンの心を動かすのはきっと妻であるティアに関連するもの。

 だから俺はこっそりティアの私物や日記などを読み漁った。


 しかしそれだけで終わってしまったのだ。


「ティアは何を考えていたのか。孤独の錬金術師をどうやって孤独から救ったのか。俺は全然ティアの気持ちがわからない…」


 息を吐き、片手を額に当てて俯く。思えば今回の執筆は俺の苦手分野だった。効率的に導けば良い物語ではない。


 登場人物達の心情を深く読み取らなければならない想像力が試される物語。


「力が劣っていると思った時、すぐに自分を苦しめるのはレイドの悪い癖ですよ。私がそちらに行ければ頭を撫でて落ち着かせてあげれたのですが」


 優しいことを言わないで欲しい。ハクレイさんの所に帰りたくなってしまう。


「レイド。何度も言いますが貴方にも武器はあります」

「でも今回は役に立ちそうにありません…」

「そうでしょうか?まだ執筆が残っているのにそんなことを言ってしまうのですか?」

「クソ野郎が……キヨカに並外れた想像力があるのならあいつが導いてくれます。俺は単純にガイドでしかない」

「全く。ヒステリック状態になると普段の冷静さが微塵も無くなりますね」


 すると目の前に浮かんでいた導きの書が俺の横にきてパタパタと動き出す。


 まさかと思った時にはもう遅く、導きの書は俺の頬をビンタするように高速回転した。


「いでっ!!」

「私は貴方を小さい頃から見ていますが結局1番効くのはこれですね。目を覚ましてあげましょう」

「は、ハクレい゛っさん!角を当てるのわ゛!」


 顔を逸らしてもすぐに別の角度から襲ってくる。


 司書が図書館でどうやって導きの書を動かしているのかは知らない。けれど高度な技が必要なのだということはわかった。


 これほどの高速回転ビンタはハクレイさんしか出来ないだろう。


「虐待やパワハラと思ってもらって構いませんよ」

「恩人である…あでっ、貴方にそんなこと思うなんでっ、出来ません!」

「レイドは私を神聖視し過ぎです。でもそれを逆手に取ってプラスに考えたらどうですか?」


 急にビンタをやめた導きの書は、俺の手に収まるように落ちてくる。

 まるで読めと言っているようで俺は自分の目線の高さまで手を持ち上げた。


「キヨカには適応力がありません」

「え?」

「今回の物語は主人公の心を動かすだけでは終われない。例え前を向けたとしても躓いてしまえば意味がありません。けれどそこまであの子が寄り添えるはずがない。その時、レイドが誰よりも多く培っている経験が強く輝きます」


 ハクレイさんの姿は本の世界では見ることが出来ない。

 それでも俺に向かって目を合わせ、柔らかい表情で俺だけを見ていることは確かに伝わった。


「私をそこまで想ってくれるのなら私の選択と言葉を信じてください。私はレイドに期待と信頼を捧げていますよ」


 ……何をやっているんだ俺は。


 ハクレイさんも言ったがすぐに自分を傷付ける責め方はこれで何回目だろう。

 その度にこうやって宥めてもらわないと俺は立ち直れない。


 こんな姿をクソ野郎に見られなかったのは不幸中の幸いだ。


「レイド。私を信じてくれますね?」

「勿論です。ハクレイさん」

「ふふっ、元に戻ったようでなによりです。帰ったら沢山褒めてあげなくては」


 ハクレイさんの言葉にまた口角が上がりそうになる。

 しかしグッと堪えた俺は持ってきていた錬金術の手引き書に手を伸ばした。


「次の行動が決まったら呼んでください。それまでに支え役のイロハを頭に叩き込んでおきます」

「ええ。期待していますよ」


 導きの書は静かに閉じて光を失う。ハクレイさんがそう思ってくれているのなら俺は自分のやれるべきことをやろう。


「また借りを作ってしまったな」


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