708話 トラウマ
春の暖かさがなんだか私たちを励ましてくれるかのように照らしてくれていた。そんな陽気に包まれる大地を私たちは今日も相も変わらず、ほうきに乗ってあてもない旅をただ気ままに楽しんでいた。
あの森を抜けたのは、最後の戦いを始めてから数時間後のことであり、森から抜け出す頃には全員が満身創痍の状況であったのを今でも覚えている。
あの森で数多くの冒険者たちが亡くなり、森の養分と成り果てていた。それから解放するべく、私たちは弔いをするために戦い続け、今こうして抜け出して気ままに旅が出来ている。
あそこで倒した冒険者たちは、みんなとてつもないほどに苦しそうな顔をしており、今にでもフラッシュバックしそうになることだってあるほどだ。
そんな状況の中でも、私たちが行動出来たのは全て『弔い』という目的があったからだろう。それがなければ、私たちのメンタルが崩壊していることさえあったのは事実。
あの場にもっと早く着いていれば、私はもっと被害者を減らすことは出来たのだろうか。
「おーい、また暗い顔をしてどうしたんだ? もしかしてまたあのことでも思い出してるのか」
私のことをまるで全てをお見通しでいるとでも言いたげな顔で、ハッキリと当ててくるフェクトが顔を覗き込んでくる。
私が図星と言わんばかりの驚き顔を見て「やっぱり」と、言いたげな表情をこちらに見せてくるがそれ以上、話を自ら振ってくることはなかった。
「そりゃね、あそこまで強い記憶なら誰だって少しぐらいは頭の中に残るでしょ」
「そうかもしれないがアリアの場合、その後自分の反省大会が始まってるようなものじゃん」
それすらフェクトには全てお見通しであった。それも全て、私が毎度のことながら飽きずに同じ思考回路を延々と繰り返しているからだろう。
それはどうやらナズナもわかっていたようで、背中から少しばかり怪訝な気配を感じとる。
「背後からそんな暗い顔をしないでよ、気配で体がゾクゾクしちゃうでしょ」
「何バカなことを言っているニャー、それよりもそろそろ一度地面に降りたらどう? 朝からずっと動きっぱなしだし」
私とフェクトは互いに顔を見合わせようやくそのことを理解した。なぜだか私とフェクトは地上に降りるのは必要最低限で良いと思い込んでいるようだった。
これも全て、あんなことを体験してしまったからだろう。人間というものは一度でもあのような体験をしてしまったらそれをどうしても防衛しようという思いが前に出てしまう。
それをマニュアルで止めることは出来ず、無意識のうちに防衛本能が作動してその体験を少しでも避けようとしているのだ。
「もう数日が経っているのに、まだそんなふうになっているの? ここ数日私たちが地面に降りたの、一日で地上に降りたの二回だからね! いつもだったら、魔物がいたから狩ろうってなって降りたりしているのに!」
ナズナがとてつもなく饒舌な上、まるで高速で呪文を唱えるかのような早口で言ってくる。
私とフェクトは、その言葉を半分以上は右から左へ流していたが、ナズナの言い分も正しいとも思えるが、ただ単純に防衛本能が働いているだけだった。
「ごめんって、今日はこのままゆっくりしても良いかもね。ここ数日でいつもよりはだいぶ進めているからさ」
「それは当たり前のことだニャー! 今日はゆっくり地面で過ごすことをここに宣言する」
ナズナが力強くそんな言葉を言って、私たちはその言葉に従った。
そうして、地面が近くなるにつれてナズナの気配が一気に上昇しているのがわかる。まるで「私はここにいますよ」と、宣言しているようなものである。
下手したら、魔物だって寄ってくるかもしれない状況でそれをあたかも当然のようにやるのがナズナなのだと私とフェクトは改めて理解した。
「とりあえず、今日は私たちでご飯を作るからナズナはゆっくり遊んで来ていいよ。ただし、怪我には気を付けること、遠くに行きすぎないこと、一人で対処が無理だと思ったらすぐに呼ぶことはちゃんと守ってね」
「それぐらいわかってるニャー」
それだけ言って、ナズナは自由に羽ばたく鳥のように地面を蹴り、一気に駆け出していった。その速さは凄まじく、その自由さを見て私たちは思わず微笑んでしまうほどである。
「相当ストレスが溜まっていたんだろうね、ナズナには悪いことをしちゃったかな?」
「それはそうだな、さすがにナズナからしてみたらここ数日はあんまり面白くない旅だったかもな」
その何気ない言葉に私の心にグサッと剣が突き刺さるのがわかる。それは言った本人も同じだったらしく、とてつもないほどに苦しい顔をしていた。
私は心の中で「自分もダメージを負うなら言うなよ」というツッコミが喉まで出かかったがグッと飲み込み、二人揃って苦笑した。
そうして私たちは必要なものをボックスから取り出し、準備をしていく。何を作ろうか悩みながらもその時間はとてつもなく愛おしく感じられるものだった。
フェクトと何が食べたいか雑談を交えながら作っていくというのは、やはり一人で作っているよりも料理の幅が広がるのを感じる。
「それにしても今回の森はほんとうに胸糞が悪かったよな」
「ほんとうにそうね、でも一番何が胸糞が悪いって、一切遺族に渡せそうなものが残っていなかったことよ」
私たちはあの時、森から抜けるために動いてはいたが、何もないというのはやはり遺族が可哀想だと思い、私たちはさまざまな場所を見ながら行っていた。
だが、その時私たちは何も遺族に返せそうなものを見つけることは出来なかった。
まるで全て、森の養分になったかのような感覚であり、私たちはなんとも言えない気持ちになりながら進んでいたのを今でも鮮明に思い出す。
それほどまでにあの場所は、冒険者の命を弄んでいることがよりわかってしまう。それがわかったところで、亡くなった冒険者たちは戻ってこない。
「あんなことは二度と起こさせない、って決意出来るぐらいには怒ってる」
「そうだな、それは大事だ」
そんな話をしながらも、体は自然にずっと料理の工程を済ませていくのであった。




