3話 四年間の日々と出発
朝から、元剣聖が自分家のエプロンをして品出ししているのに心底驚いてた。
「え、お父さん、捨て犬みたいに拾って来たの?」
「いや違うぞ、アリアの先生として雇っているんだ」
お父さんは、すぐさまそう答えた。
お母さんも初耳だったのか、いまだに驚きを隠せない様子である。
「先生って何するの? 剣の稽古?」
「それもあるが、アリアが旅に出るであろう四年の間にいろんなことを教えるぞ」
「そうなんですね、とりあえずよろしくお願いします」
私は、形式上のあいさつを済ませいつもの練習場に案内した。
だが、師匠はここではなく門の方に指をさしたのだ。
「これからはここで体を動かすからな」
正直言って、師匠の声が聞こえなくなるほどには興奮していた。
子供は、一人で門から出ることを許されていないからである。
ただ、剣聖となった今では関係ないことであるため、胸の中にソッと閉まった。
「また死合いしましょうよ」
「それもいいが、まずは体力作りから行くぞ」
浮ついた声で言ったのを反省するアリア。
だだっ広い草原を自由に走れるのは、楽しい。
いつもは、街中を縦横無尽に走り回ってた。それだけでは、飽きていたところで身が入らなかったと思っていたのだ。
たまに、草原に落ちてる石なんかを拾いつつ、走っていく。
師匠は、不思議そうにみていたがこれは子供にしかわからないであろう。
「随分と楽しそうに走るんだな」
「当たり前ではありませんか! こんなの最高ですよ」
そうして、毎日のように草原を走り、剣を振り回して時間が過ぎていった。
そんなある日のことである。
昨日は、雨だったため部屋の中で勉強中心だった。
だから、天気が翌日には快晴になったことで、昨日の鬱憤を晴らすかのように組み手を楽しんでいたのだ。
だが、ある違和感が襲ったのだ。
「排除、って石!?」
本来なら、武器を一時的に使えなくするのが一般的な魔法だ。
「誰かは知らないけど、勝負の邪魔すんな!」
「止まれ!!」
師匠の言葉を、振り切る形で彼女に対して剣を振り下ろしたのだ。
だが、違和感のある一撃。そう感じ取ったのだ。
「大丈夫か? イデリア」
「元剣聖なんだしちゃんと止めなさいよ、この子があんたの魔言で止まるわけないでしょう」
「アリア、早く降りて来て謝りなさい」
正直、今の一撃はすごくよかったと思っている。それが痛みもなかったかのように振る舞われているのが、悔しい気持ちで押し込まれそうになる。
それを、グッと堪えつつ下に降りた。
「ごめんなさい、でも先に攻撃したのはあなただよ」
「別にいいわよ。それにしてもあの魔法を、石で防いだ人を初めて私はみたけどね」
イデリア、見た目はどこにでもいる茶髪の少女である。
ただ違う点があるとすれば、見たことがないほどの魔力を秘めている。
どう考えても、ただものではないのは誰が見てもわかるほどだ。
「名乗るのが遅れましたわ。私魔法界管理連合・管理者を務めておりますイデリアと申します。これからよろしく」
「管理者ってあの?」
イデリアも師匠もうなずいている。その時確信に変わった。
魔法界管理連合・管理者とは、簡単に言うと剣聖と同じく最も地位のある存在。
ほとんど、エルフ族が務めるものと思っていた自分が、なんと無知なのか穴があったら入りたいレベルである。
「だから、あの攻撃がイマイチだったのも納得がいくよ」
管理者は、次世代の後継者が現れるまでの間、病気および天寿を全うする以外で死ぬことを許されないのである。
四人のエルフ族が結界を張って守っているのだ。
管理者を殺すなら、その四人のエルフ族を殺さなければならない。
「でも今の一撃は、同じ八歳が出せる威力じゃないわよ、結界がなかったらただじゃ済まなかったわ」
イデリアは苦笑していた。
「さ、顔合わせは済んだことだし、イデリアあそこに行きたいんだろ?」
「当たり前じゃない、どんだけ楽しみにしてたことか」
私は、『あそこ』というのが全くわからなかったが、イデリアは相当嬉しそうな顔をしているため、聞くのを辞めた。
「って私の家じゃん」
そう、イデリアが行きたかったのは私の両親のお店なのである。
母と父、それに従業員の顔はおどろきを通り越して、悟りの域に張ったような顔になっていた。
それに、店内はいつも以上に混んでいる。
それらが、イデリアの顔を見るや否やすぐさま店内から飛び出していってしまったのだ。
「イデリア様、どのような品をお探しでしょうか?」
母の声が、今にも裏返りそうな勢いだ。
相当緊張しているのが、こちらまで伝わってくるほどだ。
「えーと、魔族のツノって在庫があるかしら?」
魔族のツノ、それは魔人族の戦闘で手に入る戦利品の一つで、魔法使いの研究材料に使われるのである。
売値、白金硬貨五枚の価値がある。
買値は白金硬貨七枚で取引されている。
「ございます、おいくつ必要でしょうか?」
「えーと、あるだけお願いします」
父親が、すぐさま収納魔法からツノの入った箱を取り出した。
「全部で、七個ございますのでダイナール四枚、白金九枚です」
イデリアは、ダイナール五枚を手渡していた。
鑑定魔法で品質も最高級とわかるや否や、年相応の大はしゃぎを披露していた。
思い出したかのように、そのはしゃぎは止まる。
「あらそろそろ時間だわ。ごめんなさい、これで失礼するわ、またどこかでお会いしましょう」
そうしてイデリアは、嵐のように去っていた。
その後、会ったのは私が旅に出始めてからになる。
その出会いから、二年の時がたち私は冒険者となった。
「銀の冒険者、あの大男賞金首だったことなんて知らなかった」
冒険者の証であるネックレスを、師匠につけてもらった。
ただ、年齢がまだ足りないからと魔物狩りには参加資格が与えられなかったのは、当たり前だがショックであった。
それからもう二年経った誕生日前日、明日から始まる旅に向けて大急ぎで準備をしていた。
朝から、鼻歌を混じらせて修行に打ち込んでしまう始末である。
師匠からは、「集中しろ」って怒られてしまうほどだ。
そのな、準備に明け暮れてる最中、師匠が私を呼んだのだ。
「どうしたの師匠?」
師匠の顔は、少し緊張しているように思える顔つきである。
私は、不思議そうに顔を見つめた。
「アリア、一日早い誕生日プレゼントがある」
「え、何くれるの?」
プレゼントと聞くと、テンションが上がる。
そうして、机に大きな箱があることに気がついたのだ。
「箒と剣だ」
「え!? どんなのどんなの」
誘導されるがまま、机に置いてあった二つの箱を床におく。
「これって、ミスリルソード? こっちは、世界最長寿の木、アマンチアの木で作られた箒?」
私は、鑑定魔法をなしにそれを言い当てたため、師匠は喜んでいた。
自分が教えたことが、無駄じゃなかったことを証明した瞬間なのである。
「箒の方は、風除け魔法、結界魔法が随時発動しているから、旅も安心だぞ。でもメンテナンスは怠るなよ。どんないいものでも、メンテナンスをしなくてはダメだからな」
「分かっています、私素振りしてくるね」
興奮を抑えきれない様子で、飛び出す姿を見た両親と師匠は声に出して笑っていた。
その日の夜は、豪勢な夕食であった。
なんと、普段からよくお店に来てくれていた冒険者たちも駆けつけてくれて祝っていただいた。
もう良い子は寝る時間。私は、ベッドを抜け出し箒に跨り、星空を眺めていた。
ここで見る星空はこれが最後かもしれない。剣聖だって道なかばで死ぬことだってあるのが冒険である。
そんなことを思ったら、この満天の星を見たくなった。
「綺麗だな」
春の陽気に包まれる日中と違って、まだ夜中は寒さが残っている。
それも楽しむのもすてきなことだと思ったのであった。
翌朝、私は荷物をまとめのを収納魔法に入れた。
自分が過ごした部屋にお礼を告げ、朝食を食べたのち門まで来ていた。
「それじゃ行くね」
「楽しんでこい、アリアなら大丈夫だ」
師匠は、親より先に号泣していた。よく語ってたことを思い出す。
「大人ってのは、涙腺が弱くなんだよ」
って涙ながらに語っていた。
「アリアその服、よく似合ってるぞ。さすがママに似てほんと美人さんだ、またいつでも帰ってこいよ」
両親から、誕生日プレゼントに青い長めのスカート、それに合った服をプレゼントされたのだ。
「アリア、体調には気をつけるのよ、ちゃんとご飯を食べるのよ」
「分かってる。それじゃって、その前に師匠、剣聖の大会って今後どうするの?」
私が剣聖になって以降、開かれることは無くなった大会。
イデリアと師匠が話し合って、当分の間開催は見送りになったと聞いたのだが。
「あ、それか。大会とかはまだ開催することはない、今のアリアを倒せるやつなんていないからな」
「分かった。それじゃ三人ともまたどこかで。じゃあ行ってきます!」
そう言って、私は箒に乗り空の旅に出たのだ。
そうこれが、私の旅人としての始まりである。
……
「行ってしまいましたね」
「あぁ、あの子なら大丈夫だ。俺たちは見守ろう」
「アリアは、なんたって剣聖少女だもんね」
二人もアリアが見えなくなった直後、声を出して泣いた。
門番さんや、従業員に介抱されながら、あの子のいない家に戻るのであった。




