62話 パーティの絆が深まる瞬間
ミノタウロスは、私を見つめるだけで動こうとはしない。ただその行動は正しいといえると私も分かっていた。
あの二人は、なんたる幸運を掴んで吹き飛ばせたが、私が違うことを理解している様子である。
「でもね、動かないと何も始まらないよ」
その言葉に反応するかのように、ハンマーを振り上げ構えを取るが、隙がありすぎて笑ってしまうレベルだ。
「まぁ、あの子たちを攻撃できたことだけは褒めて上げるよ」
ミノタウロスも気がついたのだろう。狙うべき相手は私ではない。
吹き飛ばした二人だと。
「「ダブル蹴り!」」
ミノタウロスは、壁側に大きく吹き飛んだ。それは、先ほど二人にやった攻撃をそのまま倍返しされた風だった。
体の一部がなくなっており、いつ消滅してもおかしくない状態で倒れている。
「二人とも油断しすぎ」
「すまねぇ」
ナズナは、ジッとミノタウロスを見つめている。
「これ以上手を出さないでね。あとはわたしが殺る」
私たちは、何も言わなかった。ミノタウロスがあの状態で立てろうとしていることに、正直に言って無駄なことだとわかりきっていたからだ。
ナズナは違った。
ミノタウロスの姿勢に敬意を払い、立ちあがろうとするその気持ちを尊重しているからである。
「ミノタウロス、さっきは油断したが次は上手く行くともうにゃーよ」
ミノタウロスの咆哮である。武器を捨て、己の拳のみで立ち向かう姿は、相手ながら天晴れだと私は思った。
気配を消し、次の瞬間には背後を取るミノタウロス。
それを予知していたかのように、簡単に拳を止めるナズナ。
「いいじゃん! 最初からそうすべきだったね」
ミノタウロスの胴体と足が完全に離れ落ちた。そして、魔石となって消滅する。
ナズナは、手についた血を払い落とすように大きく一度振り下げ、その後拳を天に突き上げたのだった。
「お疲れ、いい勝負だったよ」
「え、ほんと!? やったー、アリアに褒められた。いいこいいこしてー」
そう言って、頭を少し下げ触るように要求してくる。私は、今回は頑張ったしと思って、それに承諾して答えた。
ナズナは、とても気持ちよさそうにしている。
それを見たら、もっと触りたいと思ってしまう。それは、横で見ていたフェクトも同様だ。
何度も手を出そうとしているのを、もう一方の手で抑え必死に我慢している状態だ。
「フェクトもいいこいいこしてー」
甘い声での誘惑。それに抗えるものなどいないのだ。
「ったくしかたねぇな」
フェクトも、もう少し楽にしたらいいのにと私は思う。そして二人してわしゃわしゃ触るのであった。
その時、このパーティの絆が深まった瞬間だったと私は、生涯を通じて忘れることはないと思ったのであった。
「じゃあ、休憩もしたし先に進もうか」
「それにしてもあのミノタウロス、完全に通常とは異なる上位種だったな」
「そうだね、しかも魔法を使ってたみたいだし」
二人は驚いてこちらを見てくる。それに関しては、流石に気がつくのは無理かと私は思う。
奴は、常に体を強化していた。魔力を使っていなければ、二人からの蹴りを食らった段階で、とうに消滅したと言えるであろう。
それを一部破損だけで済んだのは、どう考えても強化されていたのが原因だろう。
「それにしても厄介だねこのダンジョン。攻略されているのに、それ以降ここに立ち入った者が誰もいないなんて」
「いつ攻略されたんだ?」
「去年みたいよ、簡易資料を見る限り大所帯で攻略したと書いてたわ」
「それって何かおかしなことなの?」
ナズナはわからないのは当然だろうな。
「ダンジョンって言うのはね、何度も挑戦できる訓練所みたいなものなのよ、それとして使われないってことはここで何かが起きたってこと」
それは、ここが魔力に満ちているのと関係があるということだ。
洞窟内は、整備されている様子もない。本当に、数回程度しか入られた形跡しか残っていなかった。
その頃には、まだ問題が起きていなかった。それとも起きていたが気づかず攻略したということだろう。
「ここの魔物ってさ、おそらく強くなってるよね」
「魔力が濃いんだ。それは充分ありえる。そうでもなきゃ、序盤からキメラなんか出ないよ」
いつの間にか取り出した、パンを頬張りながら言われても説得力にかけている。
それを羨ましそうに見るナズナに対して、ため息をついてパンを渡しているのは評価できるけど。
「二人とも油断したらダメだからね!」
私は、釘をさすようにもう一度言う。二人とも、パンのほうに集中していたためか、返事は帰ってこなかった。
そうして、いっぽん道を通り抜け大きな場所に出る。
「ウィッチいるじゃん」
「わたしが一気に倒す!」
ナズナの瞬間加速によって、詠唱する間も与えず狩りとっていく。
「フェクト、増援が来てるからそっちの対処任せる!」
奥からの迫ってくる勢い、おそらくそれはリッチを使った餌である。
それは、リッチ自身が望んだことではないのは確かだ。少し、怯えている表情が一瞬見えたからだ。
「ナズナ、魔法攻撃に注意しつつ一気に仕留めに行って!」
「了解!」
私に攻撃しようとする奴は、一気に斬り伏せる。フェクトの援護にすぐさま向かおうとする足が止まった。
「後ろから、何か来てる?」
私のいた場所だし、魔物なんて居なかったはずだ。いやそうじゃなかったんだ、私はこの時初めてこのダンジョンが恐ろしいと思った。
隠蔽と幻影魔法が私たちにいつの間にか、付与されている。
「あの時かよ」
「ナズナ、そっち片付いたか?」
「うん、後ろからの奴は私たちに任せて!」
そうして現れた魔物。それはリッチの上位互換。
リッチ・キングである。
圧倒的な魔法で魔法技術をもち、それはエルフ族にも匹敵するような力だと、教わるぐらいの魔物だ。
それが、目の前にいるなんて、なんとも剣が疼いて仕方なかった。
「ナズナ、離れておいて。さぁ、このダンジョンをめちゃくちゃにした張本人さんと遊びましょうか」




