589話 魔神王は継承したい!!
男はまるで狂気に満ち溢れていた。言葉遣いは冷静だが、それ以上に気配が禍々しく、本能が「この敵はお前では無理だ」と、まるで告げられているかのように、頭が痛かった。
「そうだとしてもね、私……あなたに主人様を会わせるつもりなんてさらさらないわ」
「勝手に会いに行くのでご心配なく……それと、今のあなたに負けるつもりなんてありませんから」
地面を蹴り上げるかのように加速する足。一歩、また一歩と近づいていく。振り解かれないように双剣をしっかりと握り、攻めの姿勢へと変化させていった。
「双風舞」
「――おっと危ない、危ない、さすがは剣聖アリアの右腕だね」
大袈裟な感じで避ける男。だがその避け方は、全く隙を感じることさえ出来ず、追撃が出来なかった。
それを見越して、男があのような避け方をしたというのなら、本当にここで止めておきたいと本気で願ってしまう。それほどまでに、あの男は危険なのだと改めて思う。
「何をそんなに考えることがあるのか知らないけど、君と遊んでいる暇なんてないんだよ、インフェルノ・ビット」
仲間ごと巻き込んだ一撃。なにより、果てしなく重い。ずっしりとした一撃があんな小さな魔法から感じることになるとは、考えもしなかった。
「――くっ! そんな魔法ごときで……負けるわけないでしょ!」
「それはどうかな? もしかしたらそんな偽りの姿ではなく、本来の君なら可能かもね」
インフェルノを弾き、間合いに飛び込む最中、飛んでくるインフェルノを瞬く間に斬り伏せる。
「たった一言でそんな荒技を引き出せるなんて、俺って才能ありそうだ」
「舐めたことを抜かしてんじゃないわよ! お前ごとき、このフェクトがここで斬ってやるよ!」
「残念……魔法使いってこと忘れてる?」
結界がものすごく硬い……目の前に敵がいるのに、たった一枚の結界を斬ることすら出来ない。
「クソが!! この私を止められると思うな! 双乱の太刀」
パリーンと響き渡る音。結界が粉々に砕け散り、私は追撃が出来なかった。
胸元に刺さる刃。思わず血を吐いてしまう。それでも剣を振るおうとするが、体は思うように動かなかった。
「この状況でも、まだ意識があるのですか? これほどの一撃を受けたとしても」
胸元に刺さっている刃が消える。その瞬間、私は地面に倒れ込んだ。大量に血を流し、もう動くことさえも出来ない。
このまま死を待つという圧倒的な孤独の中、俺は死んでいく。
魔法の効果を保てなくなり、女性だったフォルムは中性的な見た目へと元に戻っていく。
「最期にあの二人に会いたかった……な」
目を閉じる寸前、俺の中に眠っていた力が突然溢れ出した。
「チッ、ここで覚醒かよ」
今にも振り下ろされそうになっていた攻撃は、男が離れることにより回避することが出来た。
それにしても、今俺は何が起ころうとしているのだろうか? 辺りはどうなっているすらわからない。
(こんなところで死なれたら困る、お前にはある力を授けようと思ってるのに)
(その声は、魔神王。死んで数年経つっていうのに、もう今世に戻ってこようって魂胆か?)
(こんな時代に戻りたくない……それにそんなことはどうでも良い! 我は魔神としてお前を認めている。だからこそ、力を授けようと思ってな)
力が溢れてくる。まるで魔神王が復活を遂げたときみたいな感じである。
その瞬間、俺の世界はまるで違って見えた。
「まさか、アイツがあんなことをするなんてな」
「ねぇ、フェクト今のって?」
後ろを振り返ると、そこには慌てた様子で来た主人様の姿がそこにはあった。
主人様は俺を見るなり、これ以上にないほどに不敵な笑みを浮かべ、一人楽しそうである。そうして覚悟を決めたのか、俺の隣に主人様は立った。
「まさか、魔神王の力をアイツが継承するなんてね……どういう風の吹き回しかしら?」
「確かここで死なれたら困る的なことを言ってた」
「そう……確かに困るわね、まさか魔神王フェクトとして返してくるなんて意外だったけど」
見た目に変化はなく、ただどの魔神よりも確信が持てた。溢れ出る力を前に、男は苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見る。
「俺はただ、剣聖アリアと混じり合いたかっただけなのに、お前ごときが邪魔をしやがって!」
「魔神王に向かってそんな口を叩けるなんて、大した野郎だな」
手を突き出した瞬間、まるでイデリアが魔法を生み出しているかのような感覚が、自分の手から伝わってくる。
これがイデリアだけが辿り着いたという境地なのかと、思わず息を呑んだ。
「お前たち、今回の作戦は失敗だ。ここにいても何の意味もない。撤収だ」
「させないわよ、私の可愛い使い魔にあんな仕打ちしたんだから責任取れよ」
「フン、そうか。それは済まなかったな、次は二人だけで混じり合おう。じゃあな」
……
なんとも清々しいまでに、転移で彼らに逃げられたのだ。私はその場に座り込み、この戦いが終わったのを確信する。
それにしても、また一つ新たな問題が出来たと思い知らされ頭を抱える。
「魔神王のことは、どうやって説明する?」
「だよな、俺も思ってた。下手したら監獄送りだぞ、これ」
ため息を思わずついてしまう。そんなことをしていると、タイミングよくイデリアが現れた。
「今回はありがとうね、本当に助かったわ」
目の下にまるで魔物のようなクマを作っている。これで私たちが何かそれに触れようものなら、殺されてもおかしくない。そう感じさせるほどには、殺気が混じっていた。
「それでどうして、魔神王の力がフェクトに宿っているのか、教えてもらおうか?」
「継承された……それ以外言葉がない、アイツが俺を認めたってことなんじゃないか」
「そう……その力でいつかアリアに勝てると良いわね」
そうして疲れ切った顔をしたイデリアは、トボトボと歩き出しそのまま魔法界本部へ戻っていく。
「それで私を倒すつもりなの?」
「いや、無理だな。まずもって、今の俺が傷をまともに付けられる相手じゃないからな」
「わかってるならよろしい、それじゃあ帰ろっか」
そうして私たちは我が家へと足を運ぶのであった。




