577話 分身アリアVSフェクト・ナズナ
春の陽気は自然を元気にする。冬の寒い時期を乗り越えた草木は、春の陽気を浴びて次第に生えてくる。
毎年見られるそんな些細なことですら、喜びを感じるのがこの季節における一番の特徴なのかもしれない。
そんな草木が生い茂る平原をのんびりとほうきに乗って走る。相も変わらず、自由気ままにあてもない旅。そんな旅こそが至高だと、改めて思う。
「アリア、顔をにやけさせて何を妄想してたんだ?」
横を振り向くと、少しばかり呆れた表情をするフェクトの姿が目に入る。
春の陽気は背中いっぱいに浴びて、だいぶ調子が良いように見えた。
「春は良いなって思ってただけだよ……そんなことよりフェクトもナズナも私の分身戦ってみない?」
二人は顔を見合わせ、怪訝な表情で一言「嫌だ」と言った。二人の思ってもいなかった発言で、私は一瞬どう返事をしたら良いかわからなくなる。
そうして出てきた言葉は「え!? なんでよ……強くなれるよ?」というなんの捻りもない言葉だった。
「いや、考えてみろよ。アリアを倒すために分身隊が一つにまとまって襲ってくるって聞いて戦いたいと思うか?」
「フェクトの言う通りニャー。わたしたち二人でも本体のアリアに勝てないのに、アリアを追い詰められる分身とどう戦うニャー?」
「それを考えるのが組み手の一環じゃん! 絶対強くなれると思うし、二人に足りないところをより明確化してくれるって」
私の熱い言葉に二人は真反対な態度で応えた。冷め切った目でこちらを見てくる始末だ。こうなってしまったら、私が何か発しても意味がないどころか、ウザいと思われてしまうだろう。
こんな平原ど真ん中で、ギクシャクした関係性で過ごす方がしんどいと思った私は、素直に手を引いた。
そうして少しばかり、重たい空気を携えて飛んでいるとフェクトは仕方なそうな顔をしながら声を掛けてきた。
「ったくしょうがねぇな! 組み手を一回やれば良いんだろ、ナズナもそれで良いな」
「あからさまにアリアが沈んだ表情をするからね、そっちの方がよっぽどしんどいニャー」
二人に気を使わせてしまったと反省しながら、私はほうきの高度を下げる。二人は軽く準備運動を始め、すでにやる気になっていた。
「簡単に倒してしまっても文句言うなよ」
「期待してるわ」
私は魔法を発動し分身を出す。すでに木剣を装備した分身アリアの方もやる気充分といった所だろう。
……
「ナズナ、油断したら一瞬で持っていかれると思え。分身とはいえ、アリアだと言うことを忘れるなよ」
「そんなことわかってるニャー、最初から飛ばして行くニャー」
ナズナが覚醒しているところを久しぶりに見た。前覚醒をした時よりも、遥かに強いのが伝わってくる。
「獣脚」
ナズナの速攻攻撃に対し、安定感抜群の守りを披露する分身アリア。ナズナの渾身の一撃を耐える辺り、おそらくアリアが戦った分身と似たような個体だろう。
「わたしの一撃をこんなあっさり耐えるなんて……やっぱ分身でも化け物って規格外すぎるニャー」
ナズナは一度距離を取り、相手の出方を窺っている。分身アリアには一切の隙がなく、俺に対しても「早く掛かって来い」と言わんばかりだ。
「生半可の攻撃では消すことも出来ないって感じか……それだったらそれを超えれば良いってだけだな」
それがどれだけ難しいことなのか、使い魔である俺は充分に知っている。それでも尚、アリアはそれを超えてほしいと望んでいる。
「お望み通り俺が超えてやるよ……魔武式・一徹突き!」
ナズナよりは強い一撃が入った。そう確信を持った時には、すでにアリアの一撃は体に刻まれていた。
「――ガハッ! 何が起こった?」
確かに俺の攻撃は止められはしたものの、確実に入ったはず。それでも尚、ダメージを受けているのは俺の方。
これが人間としての最高峰というのなら、俺は一体どの位置にいるのかわからなくなってしまう。
「フェクト! 一撃喰らった程度で諦めてたらアリアに笑われるニャー」
ナズナは、俺と分身アリアの間を割って入る形で飛び込んできた。
一撃叩き込むが、アリアにはまるで届いていない。完全に俺たちの攻撃を抑え込んでいる。
「そんな顔をするならフェクト邪魔ニャー! この程度の分身を倒せなかったら、本当に笑われてしまうニャー」
ナズナは拳を叩き込んでいく。それを全ていなされるような形であろうと、ナズナの目は諦めていなかった。
分身アリアの顔は、俺と戦っている時よりも何倍も楽しそうにしていた。
それはまるで、アリアが戦っている時に見せる表情をしている。
「ナズナにだけそんな顔を見せるなんてずるいぞ、ナズナ合わせて一気に叩き込むぞ!」
「それでこそフェクトニャー!」
再び拳を握り締め、勢いよく殴る。俺は見逃さなかった、分身アリアの顔が少しばかり悲痛な表情になっていることを。
「クロス・鉤爪!」
「――うぐっ! 終わらせない」
分身魔法の筈なのに声が聞こえてきた。そんなこと、あって良いのだろうか? そんな疑問が芽生えた。
「フェクト集中! 相手の思う壺だよ」
「すまねぇ、これでも喰らいやがれ!! 超至近距離・魔翔弾」
「ソード・インパクト」
相殺された!? そんなことより、やっぱり剣技まで扱えてる。それもまるで本物のアリアが繰り出す剣技のようだ。
「獣の大太刀・鉤爪」
「一撃の太刀・極」
俺はすかさず大きく後方へ飛んだ。
「なんで分身アリアから本体に変わってるんだよ」
「決まってるじゃん……私が戦いたくなったからだよ」
分身アリアと戦って、よりわかる。分身アリアがどれだけ可愛い存在だったか。
「さぁ、ここからは私が相手をしてあげる。分身アリアは剣技を使って相殺してたけど、あんなのまだまだ甘ちゃんだよね」
これがアリア。剣聖の称号を持ち、俺の主人様。
俺もナズナもまだやれる。だがそんな甘い話ではなかった。圧倒的な強さは時に強き者すら簡単に弾いてしまうのだと、改めて思い知らされたのだった。




