576話 第二の故郷
月明かりは雲に隠れ黒く染まる大地。灯してくれるものといえば、魔力で練られた炎のみ。
電気もつけず、ただひたすらに暗き部屋で時間を過ぎていくの待つ。時が来るのを待つ。
この村に入った時から感じていた違和感、二人はまるで気が付いていないが、この村はまるで暗い海の中のようだ。
もがいても……もがいても……上に上がることは叶わず、ただひたすらに自由を奪うかのように、体にまとわりつく無数の手。『ああ……この海の中からはもう抜け出せないのだろうか』と、頭の中でこだまする声。
そんな夢のような考えごとのようなものを見た。最初は半信半疑だったがそれは確信へと変わる。
二人はパンを食べたのち、まるで力が抜けたかのように眠っている。
どうやら中身に、薬が混ぜられていたようだ。ここに来る冒険者を襲うためならなんだってするのだろう。
あんなことを言ってくれたパン屋のおばちゃん……宿屋の周りを囲んでいる奴らと同じ。彼が言っていたアンデッドは自分たちのことだったのだろう。
「残念だよ」
そんな言葉が口から漏れた。もうこの村を助けることはないだろう。このような仕打ちをされて、誰が助けたいと思うのか。
おそらくこの村は、すでに村のあり方として終わっていたのだろう。それを偶然見つけた野盗が住処にしていた。
小汚いおっさんは、野盗にいいように使われているただのパシリだとでも言った方がしっくりくる。
「私でもわかるぐらいの血の匂いはしなかった……もう逃げたか、それとも殺されたかの二択」
どちらにしろ、今の私にはどうでも良かった。一人間として、冒険者として、剣聖としてこの状況を放っておくわけにはいかないのだ。
古びた家だが、ここには沢山の思い出がある。それを一時の感情に任せて、破壊するのはおかしい。
私は部屋を出て短い廊下を歩く。そうして階段をゆっくりと降り、玄関の扉を開けた。
武器を持った野盗がこちらを見ている。「ようやく出てきたか」と、言いたげな表情をしていた。
「あんた、随分と呆気なく出てくるんだね。あんたみたいな冒険者、さっさと転移で帰って行くと思ったのにさ」
いかつい武器を背中に下げ、話しかけてくるのはパン屋のおばちゃんである。
この野盗の中でも位の高い位置にいるのだろう。持っている武器を見れば大体のことはわかる。
「それは私の勝手でしょ……それにあんたたち、私に勝てると思って勝負を仕掛けてきてるの?」
木剣をボックスから取り出し、攻めの姿勢をとる。雰囲気が変わったことに気が付いた連中は、顔色を変え武器に手を掛けた。
「こんなに数がいて、使えるやつが五人ってもうちょっとマシな連中を集めることは出来なかったわけ?」
「お前さんが強いのはわかる、ただそれでも人の仲間をバカにするっていうのはどうなんだい?」
「事実を言って何が悪い? 大体、私の正体にすら気付けない凡人風情が調子に乗るな。私は今、すこぶる機嫌が悪いの」
野盗共は、強そうな連中を除いて一目散に逃げていく。
「逃すわけねぇだろ……頭お花畑かよ」
野盗たちは結界を叩き、困惑の声を上げる。それもそのはずである、薬で眠っているはずのフェクトはすでに目を覚まし、結界に細工を施していた。
「ようやく起きたね、それにしても寝過ぎじゃない?」
「別にそんなことどうでもいいだろ、それより早く終わらせようぜ」
強そうな野盗の一人が意を決して飛び込んでる。人を殺す……ただそれだけのために特化した剣技を放つ。
「踏み込みが甘い……私は剣聖よ、そんな剣技で私に勝とうだなんて早過ぎるわよ」
「剣聖だと!? だったらその横にいるのってまさか……」
「ようやく気が付いたみたいだね、そうだよ俺は魔神のフェクトだ」
一気に表情が曇る野盗たち。それでも、二人だけはまだ私たちに挑もうとしていた。
「本当あんたたちだらしないね! こっからは私とリーダーが手本を見せてやるさ」
おばちゃんはゴツい大きな斧を背中から取り出し、年相応の図体を懸命に走らせ、こちらへ向かってくる。
「俺は奥の偉そうに座ってるリーダー潰してくるわ」
強いのは間違いなくおばちゃんの方だろう。凄まじい力が斧に込められている。
「私の一撃を片腕で止めた……だと!? それになんでそんな涼しげな顔をしてるんだ?」
「凄まじい力だと思うよ、ただね、私には到底敵わないってだけで」
簡単に押し返し、隙だらけの体に複数回木剣を叩き込む。悲痛な声を上げる姿に、他の仲間たちは見ていられなくなったのか、武器を持ち始める。
「今頃になって戦う気になっても遅いニャー、わたしの攻撃に気付かないあんたたちでは」
全員が一斉に倒れていく。
眠気覚ましの運動がてら、思いっきり突いたのだろう。清々しいまでにやってやった感をここぞとばかりに出している。
「ナズナ、起きてたのになんですぐ来なかったの?」
「いやだって、必要なかったでしょ。それにたかが野盗に、こんなリンチをしたら可哀想だと思ってニャー」
ナズナの周りで、まるで屍のように倒れている野盗たちを見ても説得力はない。
それにしてもまだおばちゃんは、か細い意識を保たせ立っている。
「はぁ……はぁ……私たちはまだ負けてない」
もう長くは保たない。それでも立っているということは、まだ諦めていない証拠。
そんなおばちゃんを見て、私は口を開いた。
「なんで頑張っているのか知らないけどさ、もうあなたたちは捕まる運命なの……だから気を張らなくてもいいのよ」
魔法界の面々が続々と転移して現れてくる。
「誰一人逃さないでね! ここでこの野盗を一網打尽にするわよ」
おばあちゃんは最後の力を振り絞り走り出す。屋根の上で指示を出すイデリアに殺気を向けて。
イデリアは容赦なく魔法を放ち、おばちゃんはそのまま捕まった。
「協力、感謝するわアリア。それにしても、こんなところで暮らしてるなんて思いもしなかった」
村として機能していないこの場所は、彼にとって第二の故郷と呼べたのだろうか。
家は古いながらも、比較的綺麗に使っていた。野盗たちはこれから奴隷落ちになるだろう。
そこでも彼女たちは、自分たちの生き方を貫いて行くと、私は思うのであった。




