575話 古い村
春の暖かさを感じる季節。風に揺られ、自由気ままに進むあてもない旅。今日も相も変わらずほうきに乗ってそんな冒険の旅は続く。
そんな私たちがいるのは、小さな村が見えている上空。久しぶりの村で、心は明らかに軽くなり、まるで自分一人だけでも良いから、飛んで行きたくなるような感覚だった。
まぁ実際には飛べるし、戦闘にも使う。ただ私が言っているのはそのようなことではない。
何にも縛られず、このダイナールという大地を自分の魔力だけで飛んでいけると思ったのだ。
こんなことを大勢の人間の前で言ったところで、私を明らかに馬鹿にした態度をとりながら、笑っている人だかりが出来てしまうだろう。
そんなことを思い付いた時、すぐに自分自身に論破されて崩壊した。そんなことを思い出していると、フェクトが声を掛けてきた。
「何を考えていたか知らないけど、顔まで妄想の影響を受けていたぞ」
「あ、それはごめん、ちょっと思い出してそのまま妄想に浸ってた」
「そんなことよりもう着くニャー! 久しぶりの村なんだから、もう少しテンションあげるニャー」
ナズナはこの中で一番村を楽しみにしていることが伝わってくる。
「嬉しそうな気配がダダ漏れだ、少しは抑える修行でもしてろ」
「フェクトも楽しみにしているの知ってるニャー、どうせもうパンの匂いを嗅ぎ分けて、心の中で一番はしゃいでるくせに」
図星だったのか、フェクトは顔を真っ赤にさせる。そうして、その場から離れるために、ほうきの速度を早めていた。
「ちょっと待ってよ! ほうきを早めたところで意味ないって」
そうして村の門でほうきを降りた。上空から見ていてわかっていたが、それなりにボロい建物が多い。
お金がないということが、建物から痛いほどに伝わってくる。
「さすがに再建が必要かもな」
「結界の方もダメなの?」
「それもあるけど、何より外壁はボロボロだし、中だってだいぶボロい」
「そんなにボロいって言わないニャー、わたしたちが直せるところは手伝ったら良いニャー」
そんな話に花を咲かせていると、門が悲痛な叫び声を上げるかのような音を立てながら開いた。
「すみません、冒険者の方々ですか?」
「そうですけど、中に入れて貰えませんか」
小汚い老人は、ため息をつきながらも門をもう少しばかり開き、中へ招いてくれた。
住人たちの痛い視線を感じながらも、私たちは中へ入っていく。
「よくこんな辺鄙な場所に来ようだなんて思いましたね、わしなら絶対に来ませんわ」
確かに、用も無ければこのような場所に来る人は少ないだろう。それほどまでにこの村は寂れており、村人でさえもあのようなことを言ってしまう。
「俺たちはあてもない旅をしてたんだ、それに俺はここのパンを食ってみたい!」
もう待ちきれないのか、涎が口からこぼれ落ちそうになっている。
「パン? そんなもの、どこでも食べられるでしょうに。それにあてもない旅だなんて、そんなことをする変わった人たちもいるんですね」
小汚い老人は不思議そうな表情を浮かべ、村唯一のパン屋に案内してくれた。
古く色々とガタが来ていそうな見た目の家。それでも、フェクトもナズナも鼻を小刻みに動かし、匂いを楽しんでいた。
「二人がそんな顔をするなんて、ここのパン屋は当たりなんだね」
「香ばしいパンの匂いがするニャー、早くパンとご対面したい」
フェクトもナズナも我れ先にと、パン屋の中に入っていく。その光景に小汚い老人は驚きつつも、遅れて中に入った。
そうして私も中に入ると、随分と美味しそうなパンが綺麗に陳列されていた。
それに驚いたことに種類が多い。素朴なパンを始め、惣菜パン、デザート系まで様々なパンが並んでいる。
そんな光景を見てしまったら、パン好きのフェクトが止まるわけがない。
プレートとトングを持ち、気になったパンを片っ端から乗せていく。その光景を見ていたナズナも対抗心を燃やしてか、パンを取っていく。
「冒険者のアリアって言います、先ほど村に着いたばかりでして……騒がしくして申し訳ありません」
「何言ってんだい! こんな辺鄙な場所に冒険者が来てくれるなんて滅多に無いんだ、いっぱい買って行っておくれ」
パン屋のおばちゃんの目には、闘志で燃え上がったかのような目をしていた。
「ガキンチョども、うちのパンをそんなに嬉しそうに取ってくれるなんて嬉しいよ」
「だってこんなにも美味しそうなんだもん! これを食べずにいられるわけないじゃん」
まるで本当に子どもに戻ったかのような応対をするフェクト。
フェクトが持つトレーの中は、まるで自分だけの宝箱と言わんばかりの量が詰め込まれていた。
「おばちゃんこれ頂戴!」
「いっぱい買ってくれて嬉しいよ、これは過去一の売り上げだわ」
大量のお金が舞い込んでくるのがわかってしまっている状況、パン屋のおばちゃんの笑みが変わることはなかった。
そうして二人の会計を終えて、私たちは外に出る。
「二人とも食べたいのはわかるけど、まだ食べたらダメだからね」
こちらを一瞬睨む二人だったが、私が腰に下げてあった剣に手を掛けた瞬間、誤魔化すかのように口笛を吹いていた。
「それでここって宿屋はありますか?」
「それは一応ありますよ、ルールとして定められていますから」
案内された宿屋は、これまた随分と寂れた建物である。
この宿屋では、アンデッドの魔物が夜になると出るって言われても、信じてしまいそうだ。
「あ、言い忘れていました。結界が古くてですね、この宿屋は結構アンデッドの魔物が出ます」
「それだったらもう問題ねぇぞ、俺が結界を張ってるから」
小汚い老人は、少しばかり驚いた表情で結界を見るが、おそらく村に入った段階で張り終えていたのだろう。
「旅をしている人だけあって、結界魔法を使えるとは本当にありがたい限りです」
「お礼は別に良いぞ、美味しいパン屋の場所を教えてくれただけで充分だ」
そうして小汚い老人は、一礼して自分の家へ戻っていくのであった。




