571話 フェクトたる所以の一撃
ぐつぐつと音を立てる鍋の中に野菜を入れていく。ここはダンジョンの中だが、どこでも料理は可能である。
そうして煮込んでいると、まるで香りに誘われるかのように二人は体を起き上がらせた。
「二人とも大丈夫?」
「まだ頭が痛いニャー、あの魔族は強かった」
「ここに一体だけ配置ってことは、主のお気に入りって可能性が高いな」
確かにその考えはわかる。あの魔族は、明らかに強さが違う。まるでダンジョンボスのような気迫を持った魔族だった。
魔神のお気に入りだと仮定するならば、この先にいるのは間違いなく魔神である。
ここに挑んできた冒険者は数多くいただろう、そのほとんどが本当の正体を知らないまま攻略していたとなると、魔人にとって私たちは魅力的なのだろう。
それが今回、フェクトという魔神の存在が現れたことによって間違いなくこのダンジョンは姿を変えた。
これはフェクトにとって試練のダンジョンと呼ぶべきだと私は心の中で思った。
「フェクト、こっからはあなたが魔族と戦いなさい。フェクトがこのダンジョンを見つけたのだから、その権利があるわ」
「それはそうかもしれないけど、それでナズナが納得しないだろう?」
「別に良いにゃー、あの魔族以上はおそらく出ない。となると、出てくるのは魔神ニャー」
そうこうしている間に具沢山スープが完成し、二人に私は振る舞った。
そうして私たちは、広場を後にして先へ進んでいく。魔力感知は警戒アラートが頭の痛みを通じて鳴らしてくる。
それほどまでにやばい存在なのかと、私は思わず腰に下げてある剣に手を掛けた。
「アリアがそこまで警戒しなくても良いだろ、戦うのは俺なんだからよ」
「何言ってるのよ、警戒を怠れば一瞬で窮地に立たされることだってあるのよ」
「アリアの言うとおりニャー、それにさっきの魔族だってわたしとフェクトで倒さなきゃいけなかったと思うニャー」
「それは確かにそうだけどよ……」
フェクトは少しばかり不貞腐れたような態度で濁す。あの魔族は、二人でも倒せる存在でもあった。
ただ、先ほども思ったが彼らには決定的な差があった。それらを越えなければ、魔神に勝つことは難しいだろう。
ダンジョンの装飾とはまるで違う扉が目の前に現れた。まるで、違う場所から切り取って来たかのようだ。
「この先に魔神の気配がするわ、それにしても随分と萎れている感じがするわね」
「気配で油断なんて出来ないだろ、気配が薄くても強い奴らはいっぱいいるんだから」
そうしてフェクトは勢いよく扉を開ける。その瞬間、萎れていたはずの気配は瞬く間に膨れ上がり、凄まじいプレッシャーを感じた。
まるで全身の毛が逆立つかのような感覚である。
「汝ら、我の城によく辿り着いたこと大変喜ばしい」
「テメェが誰だか知らないが、俺は魔神のフェクトだ! お前を倒しに来た」
「威勢の良い魔神は久しぶりだ、皆隠居した老人のようだから、久々に暴れられるわい」
正座の態勢で中央に座っていた魔神は、すっと立ち上がる。その姿は、本当にご老体か区別がつかない程に輝いて見えた。
「魔神同士の戦い、これ以上に血が沸ることはないわい」
「そうかよ、俺はこんなところで停滞しているわけにはいかないんだよ」
互いにぶつかり合う拳。衝撃がこちらにまで伝わってくる。互いの思惑を拳に乗せ、ぶつける一撃は両者共々より高みへと連れて行くものとなるだろう。
「魔武式・一徹突き!」
「甘いわ、その程度の武術でワシを吹き飛ばせると思うな!」
ガッチリとガードされた一撃。ペースは完全に相手側へと流れ始めていた。
果敢に攻めるフェクト。だがそれを何百年という時間を掛けている今も尚、進化を続ける守護する力。両者共々、一歩も引かない戦い方をしていた。
「魔翔弾・ビット!」
「ここぞとばかりに魔法に頼るか……魔神本来の戦い方とも呼べるが、お主の本質はなんなのかこのワシに刻め!」
「うっさいんだよ死合い中に!! 主人様みたいなことばっか言ってないで勝負に集中しやがれ!」
フェクトは渾身の一撃をぶつけるが、それもまた魔法同様に受け止められてしまう。
このままでは、フェクトはジリ貧になっていくのが目に見ている。その上、魔神のガードを破らなければダメージも入らない。ここで本当に一皮剥けなければ、勝つことは難しいだろう。
「フェクトだいぶ焦った戦い方をしてるよね、あれだったら魔神の弱点なんて見てこないニャー」
「ナズナはフェクトのことを信じてないの? フェクトは必ず気付くから大丈夫よ」
こんな会話を繰り広げていても彼らには一切耳に入って来ないだろう。
それほどまでにフェクトの攻撃が猛威を振るっている。
「クソ……なんで攻撃が入らないんだ?」
「そんな闇雲に打った攻撃が響くと思うのか」
この魔神は、フェクトを強くしてくれている。それに気が付いていないのは、フェクトだけだ。
フェクトが気が付けばこの戦いは一瞬で終わりを迎える。それほどまでに単純である。
「だったらガードを貫通するような一撃を放ってやる」
「ならワシにその技を刻んでみろ! それが今の君に本当に可能ならな!」
フェクトは一度大きく深呼吸をして、体をリラックスさせる。
利き腕の拳を形成させ、力強く握りしめる。この一撃に全てを賭けると言わんばかりの気迫を感じる。
「俺があの時本当は倒さなきゃいけなかったんだ、それを今こんな形で再度思い出す羽目になるとはな」
「そうか……ならば打ってみよ、我の結界を破って見せろ」
その結界は、あの魔神にとっても本当は必要なものだろう。それでも本能的にやってしまったのだ。
目の前にある死という感情から逃げるために。
「魔武式・一徹突き!」
その一撃は、魔神を一瞬にして粉砕させるものだった。その強さは、今後の旅で見られるかどうかもわからない代物である。
「俺の勝ちだ」
フェクトは安堵の顔になり、そう言って右腕を真っ直ぐあげるのであった。




