564話 慢心と油断が生む結果
ダークウィッチーズの一件から一ヶ月経った。あれから何かと忙しない日々を過ごし、そんなことをしていたらそろそろ旅に戻る季節がやって来る。それだけ、まだあの戦いの余韻が残っている。
それに比べて王都の街中は、いつもの日常を相も変わらず描き続けていた。
「ダークウィッチーズの件、未だに進展ないんだね」
ソファーで座りながら、新聞を惰性で読みながらふと出た言葉だ。そんな私の言葉に反応したのはフレリアである。
「完全に痕跡を消されてしまってるからね、あそこまで徹底的にされたら私たちでも追えないよ」
「そうだよな、俺も痕跡を隈なく探しまくったが全く見つからなかった」
フレリアもウッドも相当疲労感が溜まっている声がする。あの事件以降、二人はほとんど休みなしに働いていた。
そんな二人がなんで我が家にいる理由は、それはイデリアの迎えに来たからだ。
イデリアは、二人以上に忙しく働いており、限界を超えると何かと理由を付けて私の膝で眠っている。
「いつもごめんねアリア、うちのトップがだらしない姿を見せちゃって」
「それは別に構わないけど、ギルドの方も大変だったみたいね」
読んでいた新聞記事に『王都冒険者ダンジョン内で多数死亡者あり』という文言が記されていた。
あれから冒険者たちは、数多くのダンジョンに挑み、多くの犠牲を払いながらもダンジョン攻略を進めていた。
その結果、アマチュア冒険者は数を減らし、銀の冒険者でも上位層、もしくは運よく生き残った連中が多く在籍している。
「ギルマスは亡くなった冒険者の家族対応もきちんとしていた、それに自分が彼らを鍛えなきゃって張り切ってる」
「そうなんだ、そしたら私も彼らを鍛えた方が良いかもね」
本当は、今すぐにでも動くべきなのだろうが、いかんせんこの状況では一歩たりとも動けない。
そんなことを思っていると、キッチンの方からこちらに二人が移動してきた。
「皆さん随分とお疲れのご様子ですね、温かい飲み物のおかわりは如何ですか?」
「ワレガツクリマシタ、ガードニハ、ゴウカクトイワレテイマス」
ゴーレムが来てから、ガードは様々なことをゴーレムに叩き込んでいた。
ガードにとって、ありふれたいつもの日常にスパイスが掛かったみたいに、とても笑顔が増えた気がする。
「頂くわ、まだイデリアは起きないみたいだし」
「俺も貰おうかな、それにしても昔からいるみたいにゴーレムは馴染んだな」
ウッドの言う通りである。まるで本当に、この家の守護者として昔からいたような感覚に時どきなってしまう。
それだけ、ゴーレムにとってこの家は居心地が良いのかもしれない。
そんな話をしていると、勢いよく玄関の扉が開く音がした。
「ねぇ聞いて聞いて! ギルマスと冒険者たちが揉めちゃってるニャー」
「私、ちょっと行って来るわ」
イデリアには悪いことをすると思うが、私は体をゆすりイデリアを起こした。
だがイデリアは相当眠りの奥深くにいるのか、そう簡単には起きようとしない。
「こっちは私が引き離すから、アリアは行って!」
フレリアは起こさないように慎重にイデリアの体を持ち上げ、その隙に私は転移した。
そうしてギルドの前に転移するや否や、罵声のオンパレードが外にまで響いていた。
ドアを勢いよく開け、私は中に入ると今にも取っ組み合いになりそうな二人が見える。その周りには、野次馬らしき冒険者が見物していた。
「そこをどいてくれるかな? 私はギルマスに用があって来たんだけど」
静かな声だが、罵声と怒号を掻い潜って行くかのように、その声は全体に届いた。
皆、私の顔を見るや否や、すぐさま道を開け、取っ組み合いを仕掛けている二人もとへそっと近づく。
双方の顔を交互に見るなり、二人の間をより空けるべく勢いよく二人を引き離した。
「何があったか説明してくれる? 神聖なるギルド本部でこのような出来事、剣聖での私でも承認致しかねますわ」
二人は顔を見合わせ、一度大きな深呼吸をした。
「剣聖少女様、今回の一件あなた様には何も関係ないのです、どうか手を引いては頂けないでしょうか?」
「お前にどんな権限があってそれが言えるのか、私に教えてくれないかな」
そんなバチバチとした雰囲気に、ギルマスが割って入るかの勢いで声を出す。
「アリア、これはな俺がダンジョンに無理矢理行かせたのが悪いんだ」
「それだったら私も同罪よ。それより、ギルマスに逆恨みしたところで死んだ仲間は帰って来ないわよ」
男は仲間であろうメンバーを振り解き、全力の一撃を繰り出してきた。
「――クッソ! なんでだよ、なんでアイツは死ななきゃダメだったんだよ」
力強い拳はガッチリと掴んでいるはずなのに、力が弱まる気配がない。むしろ、そのまま押し込もうとさえしていた。
「君たちがどんなダンジョンに行ったか私は知らない、身の程を弁えず、難易度の高いダンジョンに挑んだのかしら?」
「違うんだよ剣聖様、何度も挑んで来たダンジョンに挑んだんだ」
慢心……油断……それらが導いた結果なのだと私は理解した。
「君は慢心も油断もしたんだね、『俺たちは大丈夫』と言い聞かせ、ろくな準備もせずに」
「行く前に確認しなかったのが悪い、いつものように行くもんだから、俺も安心してたんだ」
「今、話を聞いているのはコイツだよ、ギルマスがわざわざ口を挟んで来ないで」
ギルドに重たい空気が流れる。そうしてその空気に押し負けたかのように、彼は膝から崩れ落ち泣いていた。
「君たちは歴とした冒険者なんだよ、そんな心を忘れているようでは、冒険者なんて向いていない。ここで野次馬として聞いているお前たちもだ、肝に銘じておいた方が良いよ」
そうして私はギルドを後にした。随分と酷い言葉を並び立てただろう、私をよく思わない連中も現れるかもしれない、それでもこれは冒険者として、剣聖としてきちんと伝えるべきなのだと、私は再度思った。
もうすぐ旅を再開する季節がやってくる。私は、彼らに言ったような冒険者として、きちんと過ごすことが出来るのだろうか、そんなことを考えながら帰路に向かって再度歩き出すのだった。




