560話 ガードとゴーレム
王都から帰ってきて翌日。私は相も変わらず遅起きとなった。
体を軽くストレッチしながら立ち上がる。カーテンを開け日差しを部屋の中に入れた。
まだ眠たいが、これ以上眠ったらガードが怒るかもしれない。そんなことを思ったら、すぐに体は動き始めた。
そうして軽く支度を整え、服を着替えて一階に降りていく。階段を降り終わると、ようやく私は状況を飲み込んだ。
とてつもなく重たい雰囲気が、リビングに立ち込めていた。
私は思わず息を呑んだ。意を決してリビングに入ると全員が一斉にこちらを向いた。
一斉に向けられる視線、今まで幾度となく体験したがこれほどまでに突き刺さるような痛さがあっただろうか?
そんなことを思いたくなるほどに、まるで重しが背中に乗せられるような感覚に陥るのであった。
「アリアおはよう、今日も随分と遅いわね」
ちくっと突き刺してくるかのような言葉。イデリアは、どれだけの時間待っていたのだろうか、怒っているのが言葉の端々から伝わってくる。
そんなイデリアに対して私は、愛想笑いで誤魔化すことしか出来なかった。そのような態度が気に食わなかったのか、より鋭い視線を向けてくるイデリア。
「私の優雅な朝の時間を奪っておいて、随分と偉そうにしてるわね、イデリア」
「そのままそっちにお返ししてあげるわよ、アリア」
今にも互いにぶつかりそうになっているところを、ガードは立ち上がる。
「二人とも落ち着いてください、二人がここで暴れたら私は全力で止めなければならないのですから」
「ガード、そんなことが出来るかしら? いつも家事しかしていないのに」
「は? いつも事務仕事を主にしている人には言われたくないんですけど」
私のことなんて、まるで忘れているかのように二人の世界に入るイデリアとガード。
そんな言い争いを止めたのはフレリアだった。
「二人とも、こんなところで見っともないことをしないで。それに今回は、大事な用事があって来たんでしょ!」
その声に対して、互いにフレリアを睨みつけていたがフレリアが顔色を変えることなかった。
「さっさと話を始めてくれよ、俺たちも朝食を食べてないんだぞ」
「それはごめん、てっきり食べているのかと思ってた」
「そのつもりだったさ、そんな時に二人が来ちまったんだから」
随分とお腹が空いているのがわかる。イライラして、今にでも物に八つ当たりしそうだ。
「私が悪かった、ほんとごめん。とりあえず朝食を食べながらでも話って大丈夫?」
「どちらかって言うと、食べながらって話ではないけど、お腹減ってるなら食べたら」
私たちはすぐにキッチンに行き、食器類を準備する。イデリアはすぐに食べられるように準備していたのだろう、すぐに料理は出揃った。
「じゃあ、話を始めて」
私たちは相当お腹が空いていたのだろう。目の前にある料理を一目散に口に運んでいく。
「あんたたちね……まぁいいわ、ゴーレムのことなんだけど、この家で見てくれないかな?」
「ゴーレム!?」
最初に声を上げたのはフェクトだった。私たちは顔を見合わせ、首を少し傾けた。
フレリアはイデリアの言葉を付け足すかのように、口を開く。
「ゴーレムの修繕が終わりました、でもこちらでは預かることは難しく、それだったらここで見てもらおうと話になったんです!」
ゴーレムの修繕が終わった、その瞬間フェクトの顔はたちまち笑顔に変貌した。
それは顔だけに止まらず、渾身のガッツポーズを決める。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、ただ一つ問題がありまして、もう旅をするようなことは出来ません」
「やっぱり……そうなのか、でもアイツが生きる思いを取り戻してくれただけで充分だ」
「どうしてそっちで見られないニャー? イデリアがいた方が安心だと思うけど」
気になっていたことを聞いてくれた。イデリアが面倒を見てくれていた方が安全である。それは誰が考えてもわかることだろう。
それに何より、あのゴーレムという存在はとてつもなく貴重である。それを考えたら、ここで預かるよりも魔法界本部にいた方が安心だ。
「ここにはガードがいるからだよ、それが理由」
イデリアは簡潔にまとめた。少なすぎるとさえ思うが、私たちは顔を見合わせ、すぐに察するのであった。
「人外同士でくっつけた方が安心ってわけね、それにゴーレムという存在は、魔法界にとっては都合が悪いってわけね」
「それにここは王都だからね、納得してくれたなら嬉しいわ」
それでもこれから一緒に住むことになるのは、私たちではない。それに何より、勝手に進めていい話ではないのは全員わかっている。
「ゴーレムですか。良いですよ、ここには魔物がたくさん住んでますから」
イデリアとフレリアは、立ち上がり深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、ご協力感謝申し上げます」
「別にそこまで畏まらなくていいぞ、それに早くゴーレムを見せてほしいな」
テレパシーで呼んだのか、ウッドとゴーレムはリビングに現れた。
「これがゴーレム、人間のようなフォルム形態だ。指も繊細に動くんだね、これだったら買い物を頼めそうで何より」
「カジハシタコトガナイ、サイショカラウマクデキルホショウハナイ」
ガードはボックスから例のものを取り出した。その瞬間、全員の背筋が凍ったのは言わなくてもわかるだろう。
「大丈夫よ、攻獣だって守獣だって私が手取り足取り教えてあげたんだから」
パチンと鞭を引っ張る音が妙に響く。そうしてお開きとなり、ガードはとりあえず皿洗いをさせた。
その様子を見ていると、意外に筋が良かったのかガードがとても喜んでいた。
そうしてガードとゴーレムは、揃って買い物に出掛けていく。
「二人とも良い雰囲気ニャー」
「私もそれ思った、良い組み合わせだったみたいで安心したよ」
「鞭を取り出した時は、さすがに肝が冷えた」
私たちはそんな会話に花を咲かせながら、優雅に一日を過ごすのであった。




