558話 心からの友達
王都に戻る途中、先ほど晴れていたのが嘘みたいな雨が降り始めた。
王都に戻ると、人々は突然の雨で困惑した表情を露わにし、途端に足早に屋根のある方に避難していく。
そんな中、私とナズナだけは雨の中を自由気ままに歩いていた。
家が近かったこともあるが、そんなことよりもこの雨はまるでフェクトの心を表しているかのように見えたからだ。
だからこそ、この雨を私たちは濡れなければならないと思っている。
「ガードに怒られそうだよね」
「そう? 寧ろさっさとお風呂にぶち込めるから楽だと思っているかもよ」
そんな会話をしながら、私たちは王都を歩いていく。そんな私たちを心底信じられないと言わんばかりの顔で、住民や観光客は見ていた。
そんな視線を四方八方から受けながらも、特段変わった様子もなく歩いていく。
雨は悪い運を洗い流してくれるかのようで、とても好きだと思ってしまう。それがどんなに、フェクトの心を表している雨だとしても、変わらないだろう。
誰かにとっては不幸な雨でも、誰かにとっては恵みの雨かもしれないのだから。
「それにしても、あのゴーレムは大丈夫ニャー?」
「イデリアたちがいるから大丈夫だと思うけど、あそこまでフェクトが顔を暗くしたら心配になるよね」
「フェクトは友達を失いたくないんだと思う。でもそれは自分のエゴみたいなものであって、それを押し付けるのは間違っているのも気が付いている」
ナズナの言う通りだ。だが、ゴーレムは再び生きようとしている。それは気配を見ればフェクトだってわかっているはずだ。
ゴーレムはまだその言葉を口にしていないけれども、それは私たちには伝わっている。
それでもなお、フェクトの心にも大雨が降り注いでいる。それを晴らせられるのは、そう多くない。
「とりあえずナズナ、私はフェクトのところに向かうから先に家に行ってて」
「そっちは任せるニャー、フェクトとの対話頼むニャー」
そうして私は、雨という非日常を感じながら王都の街を走り抜けていく。
水溜りを飛び越え、軽やかにステップを踏むように、足取りは驚くほど軽い。
そんな私とは打って変わって、フェクトの気配は、か細い蝋燭の火である。これ以上雨に当たっていたら消えてしまいそうな勢いだ。
こんな時、私はどんな言葉を掛けたら良いのか正直に言ってわからない。それでも私は、彼の主人として声を掛ける責務がある。
今、私が動かなければ今後フェクトが旅を付いてくる保証はない。それどころか、王都を火の海に変えてしまうおそれだってある。
そんな戦いは、私は望んでいない。だからこそ、私は走るのかもしれない。
そうして走ること数分、おそらくとぼとぼと足取りが重たく歩いていたのだろう、比較的すぐに追い付くことが出来た。
「フェクト!」
王都という大都市を、雨の中寂しい後ろ姿に声を掛ける。フェクトは、足を止めこちらに振り返った。
虚ろな目で遠くを見つめるかのようにこちらを見ている。
「どうしたんだ?」
形式的に尋ねるかのように、フェクトが口を開いた。
「ゴーレム、イデリアたちが預かってくれることになったわ」
「もう助からない命なのにか? アイツらも随分とお人好しなんだな」
「フェクトのためを思ってだよ、フェクトはゴーレムに生きてほしいでしょう、誠心誠意もう一度伝えるべきだよ」
フェクトがイラついているのがわかる。メラメラと燃え上がるかのような怒りが、冷たい雨粒に打たれているはずなのに、とてつもなく気配が熱く感じる。
「もう一度伝えて何になる? それに上手く行かなかったらそれで全て終わるんだぞ」
「怖いの?」
フェクトはギロっと睨みつけてくる。だが、その程度の睨みは意味がない。
「私を殴りたければ殴ればいい、それで気が済むのならな」
行き場をなくした怒りをフェクトは、必死に溜め込んでいた。
「フェクト、君は今ここで油を売っている暇なんてないよ。あなたがやるべきことはもうわかってるでしょ?」
「ゴーレムに俺の気持ちを全てぶつけてくる、先にガードのところに戻っててくれ」
フェクトの顔は、覚悟が決まった顔をしていた。その姿を見られただけで、私は雨に濡れた甲斐があったと思う。
「行ってらっしゃい、気を付けて行くのよ! 無事に帰って来るのよ」
フェクトは腕を上げ、手を少しばかり左右に振っている。先ほどとは違う後ろ姿、私はそっと胸を下ろすのであった。
……
随分と濡れた。主人様にあそこまで言われなければ、動けなかったなんて改めて思うと少しばかり恥ずかしさを覚えた。
それでも主人様は、わざわざ雨の中を追いかけて来てくれた。
「感謝するぜ……剣聖少女アリア」
そうして俺は、ゴーレムが預かられている魔法界本部に辿り着く。
ドアを開け中に入ると、来るのを待っていたと言わんばかりに、イデリアとゴーレムがその場にいた。
「やっぱり来たわね、随分とずぶ濡れだけどタオルいる?」
「ありがたく頂戴する。ゴーレム、さっきは悪かったな」
イデリアからタオルを受け取り、大雑把だがタオルで水分を拭き取る。
「ベツニ、フェクトワルクナイ。ワルイノハワレノホウダ。ワレハドウヤラ、ジボウジキにナッテイタヨウダ」
「そうなのか、それでももう一度俺の口から言わせてくれ、ゴーレムまだ生きてみないか?」
俺は手を前に差し出し、握手を求めた。ゴーレムはぎこちなくも、握手を返してくれた。
「キミカラモウイチド、ソノコトバヲキイテ、イキテミヨウトオモエタ、コレカラモヨロシク」
俺たちは、心からの友達と呼べる存在が出来たのである。
「良し、それなら後は私に任せなさい! 私の魔力でどうにかするわ」
「よろしく頼む」
深くお辞儀をして、俺は本部を後にした。先ほどまで降っていた雨は止み、晴れ間が見えた。
それはまるで、俺の心を表しているかのようで、とても清々しい気分になる。
「アイツらに迷惑掛けちまったし、パンでも買って帰るかな」
そうして、雨上がりの王都を自信を持って歩き始めるのであった。




