556話 駒と躊躇
領主邸内に足を踏み入るや否や、私が来ることを見越していたかのような罠が次々に襲い掛かってきた。
罠の種類は多種多様であり、それぞれの属性の魔法が飛んできたり、物理的な罠もある。
特に酷かったのは落とし穴である。大抵の人が踏みそうな場所に落とし穴はあり、何度も浮遊魔法を使わなければならなかった。
「そこまでして人を入れたくないようね」
庭内にあった罠はあらかた回避出来ただろう。しかしながら、不穏なまでに玄関からは少し離れた位置に私は立っていた。
私は生えてあった雑草を引っこ抜き、それを投げてみる。その瞬間、その雑草に反応したかのように魔法陣がおもむろに展開し始め、その場に魔族が召喚された。
「マジか」
思わずそんな言葉が口からこぼれ落ちていた。
魔族は私の姿を見ると即座に剣を抜き、攻めの姿勢に入る。一切の隙がなく、相当強いことが見て取れる。
剣を構え直し、相手の動向を窺う。両者共々睨み合いが少しの間続き、痺れを切らしたのか魔族の方が駆け出してくる。
大振りだが、それに見合っただけの強さを示す魔族。鍛えていなければ、簡単に体を持っていかれそうな程に力強い一撃が飛んでくる。
なんとか跳ね除け、反撃の一手を繰り出す。しかしながら攻撃は頬を掠っただけで終わってしまう。
私は後ろに下がることは出来ない。少しでも下がれば、落とし穴に落ちてしまうからだ。
おそらく敵の魔物は、こうなることを見越してこの状況を作り上げていたのだろう。ここまで作り上げるということはかなりの心配性ということだ。
「君の主人は本当に厄介なことをしてくれたものだ、だがお前はその主人に見合う働きが出来るの?」
そんな言葉の答えを出すかのように、一気に間合いを詰め寄り突きの一手を放つ。
「遅い、止まっているようにすら見えるよ」
右側に避けたものの、少しばかりバランスが悪い。それを勝機と感じたのか、刃を水平にしてそのまま薙ぎ払う。
「――くっ! でも……踏み込みが甘かったね」
そのまま押し返し、バランスを完全に崩す魔族。斜め下から腹部から一気に斬り上げ倒すのであった。
「なんとか落ちずに済んで良かった、浮遊の効果であんまり心配ないとはいえ、あんまり使いたくなかったのよね」
ツノを斬り落とし魔族は消滅した。ツノを回収し、今度こそ家に向かうとドアを隔てたまま魔法が飛んでくる。
「――あっぶないな! これが特殊魔法系だったらさすがにダメージ喰らってたよ」
魔族を倒したことにより生じた、一瞬の油断と安堵。それを的確に狙っていた物理魔法の一撃。
魔法はウッドランスであり、確実に心臓を目掛けて飛んでくる辺り、相当殺意が篭っているのが見てとれた。
「そろそろ正体を表したらどうなんだ、お前たちがどんな魔物か、こっちは見当が付いてんだ」
気配から見て取れるように、魔物の緊張感が体に突き刺さる。
魔物は扉を開け、その姿を私の前に曝け出した。
「やっぱり雪女とウィッチか」
使用人が着ているかのようなメイド服姿の魔物が、大きな屋敷の中から二十体ほど出てきた。
その中に一体だけ明らかに違う服装の魔物が混じっている。おそらくそれが諸悪の根源だろう。
「ウィッチが首謀者で間違いないな」
ウィッチは何も答えない。それは周りにいた雪女たちも同じである。
ここまでの気配をさせておいておきながら、それを結界で封じていたというのだから、よほど腕の良い結界術師が入るとわかる。
「剣聖を殺せ、お主らの野望のために肉片すら残すな!」
だらしない体つきの男が吠えている。おそらくあれが領主で間違いない。
禿げた頭がなんとも寂しく、こんな見た目で領主なのかと思うと、なんとも情けなさを思ってしまう。
「剣聖である私に向けて言った、そんな言葉を私に対して言って、生きてられると思わないでくださいね」
よっぽど私のことが怖いのか、顔を真っ青にして後ろに下がり尻餅を付いた。
今にも尿を漏らす勢いで、ガタガタと体を震わせている。
「我が駒を怖がらせるのはやめていただきたい」
「領主を駒呼ばわりか、あんたたち夢さえ叶えばこの領主も殺すつもりだろ?」
「当たり前だ、我々のような上位の存在がどうして下等な人間にひれ伏さなければならない」
この計画はすでに破綻しているとわかっている。だからこそ、演技をやめてしまっている。
「お前たち何を言ってやがる? この俺様を駒と表現したか、俺からしたらお前たちの方が駒なんだよ!」
殺意が領主に向けられた。
「ありがとうクズ領主、君のおかげで雪女たちの首を刈り取れたよ」
「は?」
ウィッチの気の抜けたような声が響き渡る。次の瞬間、雪女の首は盛大に宙を舞い、血の雨を降らせるのであった。
ウィッチの服にも血がべっとりと付いていた。
「これで街の人々の魔力は元に戻るだろうね、あとは君を倒せばそれで終わりだ」
「お前は、魔物を殺す時に一切の躊躇がないというのか?」
「何バカなことを言ってるの、私は仲間であろうと一切の躊躇なく殺せるが」
その顔は恐怖で歪み、ウィッチは明らかに戦意を喪失していた。
その場に倒れ込むかのように尻餅を付くウィッチ。瞳孔は開き、息は乱れガタガタと体を震えさせていた。
「何を今更、死ぬのが怖くなってるの? お前がここまでやるのにどれだけの人々を苦しめたかわかってるの」
「やめてくれ……私を殺さないでくれ……今後一切、人間にも手を出さないと約束するから」
うっすい言葉を並べるウィッチ。
「私は剣聖なの、この世界を守る義務がある」
私は一切の躊躇なくウィッチを消滅させるのであった。そうしてその後、国の人々は解放され晴れて自由の身となった。
そこにあったのは沈黙なのではなく、明るい声が高らかに国中に聞こえてくる。
それがこの国本来のものなのだろうと、私たちは確信するのであった。
「それにしても随分と派手にやってくれたわね、アリア」
「別に問題ないよ、領主にはあれぐらい必要だった」
イデリアはため息をつきつつも、ようやくこの国ともお別れだと思ったのか、安堵した表情である。
そうして私たちは、王都に帰還するのであった。




