553話 日常と叱責
暴動が起きた翌日。私が目を覚ました頃には、すっかり元の国の日常に戻っているように感じた。
窓を開けると、冷たい風が部屋の中に流れていく。寒さで身震いをしながらも、久しぶりの国で少しばかり心が浮ついているような気がした。
本当は再びベッドに戻りたいと思ったが、それをやってしまうと仲間に怒られそうなので、そんな思いを押し殺し顔を洗いに行く。
顔を洗ったことで、まだ眠そうにしていた頭が、まるで広大な草原に立っているかのようなスッキリさを感じた。
「やっぱり冷たい水で顔を洗うと、ほんとに気持ち良くて良いわね」
軽くストレッチを済ませ、服を着替え始めた。窓を開けていることもあってか、部屋の中は寒い。そのおかげと言うべきか、いかんせん早く着替えることが出来た。
思った以上に早く着替えが済んだのが余程嬉しかったのか、知らずの間に鼻歌を口づさんでいた。
そのリズム感がよっぽど気に入ったのか、その鼻歌は一階に降りるまで続く。
「二人ともおはよう!」
二人ともようやく起きたかと言わんばかりに、こちらに冷たい視線を送ってくる。
そんな視線に耐えかねた私は、すかさず話題を切り出した。
「今日はどうする? 私たちは参考人として呼ばれてるとかはないよね」
二人は無表情でこちらを見つめてくる。ナズナからは「私たちに言うべきことがあるよね」と、まるで訴えかけられているかのような視線を感じる。
私は思わず苦笑しながらも、私は既に詰んでいるのだと改めて思い知らされたのだった。
「二人を待たしてしまい申し訳ございませんでした」
宿屋の備え付け食堂に響き渡る声。他のお客さんたちからの冷たい視線を背中に感じつつ、私は深々と謝罪した。
「まぁそれはいつものことだから良いんだけど、それより今日はイデリアたちに呼ばれてるニャー」
一瞬頭の中で「それならどうして、あんなにも冷たい視線を私に向けたの!」と、言いたくなったがグッと堪えた。
なぜなら、待たせているのはこっちである。それを文句も言わず、一言の謝罪だけで済ましてくれたのだから、ナズナの寛大な心に感謝を逆に申し上げるべきだ。
「え、どうして? 昨日イデリアから聞いた話だと、私たちはこれ以上何もないって言われてた気がするんだけど」
「また別の話なんじゃねぇの? 朝突然やって来て、アリアの朝食が済み次第、支部に来て行って去っただけだしよ」
フェクトの口ぶりから推測するに、二人はどんな要件で呼ばれているのか知らない。
それに、朝突然来たということも気になる。
「とりあえず立ち話もなんだし、早く座って料理を注文したら? 食堂のおばちゃんがオーガのような形相でこっちを見てるから」
私は慌てて座り、サッとメニューに目を通す。昨日の夜もここで食べたが、ここの料理も結構美味しいと思っている。
そのため、比較的迷うことなくすぐに決まった。
「すみません注文良いですか」
「ラストオーダーギリギリだよ、一体何を注文するんだい?」
「モーニングセットを下さい、飲み物はホットコーヒーでお願いします」
おばちゃんは注文を聞くなり、すぐに厨房に入って行った。そうして十分も掛かっていない時間で料理が運ばれてきた。
モーニングは、トースト、ロック鳥のゆで卵、オーク肉の厚切りベーコン、ホットコーヒーである。
これで銅貨五枚(日本円にして五百円)なのだから安い。お腹を満たしたところで、私たちはイデリアの待つ支部へ向かう。
街の中を歩いていると、本当に昨日のことがまるで無かったかのように過ごしているのが身にしみて思う。
彼はあそこまでのことをしておきながら、住民たちにとっては、それもまた日常の一ページだとでも言うかのように、話題にすら上がっていなかった。
「彼は本当に悲しい存在だ」
そんな言葉が口からこぼれ落ちた。二人には幸いにも届いていなかったのか、何も言ってこない。
そうして支部に近付くにつれて、どこか雰囲気が芳しくない。
少しばかり行った先にある建物の中から、外にも聞こえるような怒鳴り声を響かせていた。
この国でこんなにも大声を上げているなんて、これこそ相当に勇気のある行動の一種とでも言っておこう。
だが近付くにつれて、その声に私たちは聞き覚えのある声だった。
「テメェらの悪事のこと、こっちは全て把握してんだよ! いつまでも改善報告も出さないし、何様だよ!!」
私たちは顔を見合わせ、全員が困った顔をしていた。それほどまでに中に入りづらい。
「おい、これどうすんだよ、こんな中入ったら俺たちまで巻き添えくらいそうだぞ」
「それはそうかもだけど、ここで入らなかったらタイミングなんて来ないと思うよ」
「アリアの言う通りニャー、それにさっさと入って行った方が良いと思うニャー」
おそらく私たちが入るのを躊躇っていることを、全て知られている。
それでいて引き返そうとしたら、確実に魔法の鉄槌が飛んでくるのは目に見えていた。
「ここは私が先頭で入るね」
心臓の跳ねる音を感じながらも、私はゆっくりとドアを叩く。ドアは魔法によって開かれ、私たちは支部の中に招かれた。
「随分と遅かったわね、それにしてもあそこまで躊躇しなくても良かったんじゃないの?」
「いや、外にまで聞こえる怒鳴り声を聞いておいて、いつもの調子で入れるわけないでしょう、流石にびっくりしたんだから」
「ウッドからアリアは軽く聞いてたはずよ、私たちがここで何をやってるかぐらいすぐにわかったでしょうに」
それは知ってたけど、ここまで怒鳴っているなんて私は思っていなかった。
それにしても、相当こっぴどく叱責されたのだろう。皆、放心状態で涙を流し虚な目をしている。
「それで私たちに要件って何? 彼のことではないんでしょう」
「違うよ、今回アリアたちを呼んだのには理由があるの、コイツらを処罰するの手伝ってほしいと思って」
すごくキラキラと目を輝かせて言うものだから、一瞬私は聞き間違いを起こしたのか頭の中でパニックが起きた。
「コイツら、随分と舐めたことをしてたみたいだから、一度指導が必要だと思ってね」
「それを私たちを巻き込まないでほしいけどね」
そんな会話を繰り広げつつも、私とイデリアはどこでツボったのか、いつしか笑いあう。
そうして両者鋭い一撃が飛び交うのであった。




