547話 やられたらやり返す!
観念したかのように魔物は姿を現した。操っていた正体はウィッチである。
それも熟練の魔法使い、幾千の戦いを勝ち抜いて来たと言わんばかりである。それに何より、ウィッチの顔は全く諦めていなかった。
「この私に催眠を掛けるつもり? あなたの攻撃は私には通じないと思うんだけど」
それは重々わかっているつもりだろう。それでも魔法使いの意地とプライドを賭けて、勝負に挑みたいということなのかもしれない。
あんな真剣な目をこちらに向けて来ているのだ、これを無下にするのは冒険者としては間違っている行動だろう。
「だったら仕掛けて来なさいよ、私にそんな熱いラブコールを送って来ているんだから」
次の瞬間、私は正直驚きの方が遥かに勝っていた。それほどまでに、予想外の行動をして来たのだ。
「魔力吸収? 私から魔力を吸い取る気かしら」
いや違う。これはもっと別の何かである。パッとシャボン玉が消えるかのように、無人のお風呂屋は姿を消した。
これ自体が幻術だったのかと、驚きながらも相手からは目を離さない。
魔力吸収を終えたのか、ウィッチの姿は変化していく。
「もしかして、それが本来の姿?」
目の前にいるのはまるでオーガである。老婆だった姿からは、想像出来ないほどのビルドアップを果たしたのだ。
魔法戦を行うというより、物理で殴ってくるかのような勢いである。
そんな姿になってまで繰り出してくるのは魔法であった。
獣の雄叫びのような咆哮を上げ、魔法を撃ち出してくる。環境のことなんてまるでお構いなしらしく、なんとも魔物らしいと不覚にも思ってしまった。
「周りが火の海状態ね……これ後で直すの大変なんだからね」
凄まじい熱気で汗が噴き出している。
それに私の言葉は、耳には届いていないと思うが、それでも言いたくなってしまい自然に口からこぼれ落ちていた。
何度も魔法を避けつつ、相手の行動を観察していく。どんな攻撃を放つのか、どんな場所に撃ってくるのか、観察することが出来た。
「君の攻撃方法がなんとなくつかめて来たよ、このままだと仲間が丸こげに成りかねないから、一気に勝負を決めさせてもらうわよ」
そんな言葉をニュアンスで理解したのか、炎から雷へと魔法を変化させる。
鋭い一撃がわたしの行手を阻んでいく。それに恐ろしく精度が良いのか、一瞬でも気を抜いたら雷に脳天をぶち抜かれそうだ。
「こんなスリリングな私は望んでないんだけどね」
剣を取り出し、再び間合いを詰めていく。意識を集中させていなければならず、先ほど消えた疲れがぶり返して来そうだ。
「何のために休んでたのかわからなくなってきた。これだったら、こんな場所無視をするべきだったかな」
「それは違う! お前たちが来なければ私の生涯は幕を閉じていた。最期にここまで大暴れさせて貰えるなんて光栄である!」
やはり、悠長に人語を扱えるだけの知能は持ち合わせていたか。それなら先ほどまでの戦い方も納得が出来る。
全てにおいて計算されていた行動。確実に私を殺そうとして来るのだから、それは最初から気が付くべきだったと言えるだろう。
「でも、攻撃が全く私に当たってないんだよ、それでどうやって倒すつもりなの?」
「当てるまで魔法をぶつけるのみ!」
筋肉質の体らしい脳筋思考。
「それで当たったら苦労なんてしないけどね」
一瞬の隙を突き一気に斬り込んだ。それにより、少しばかり体を後ろに崩してしまい体勢が不安定とかす。
そこを狙わないわけがなかった。いくら筋肉質の体とはいえ、鋭い刃を喰らえばひとたまりもない。
一瞬の狂いも躊躇もなく、私は刃を振り下ろした。凄まじい勢いで血飛沫が宙を舞った。
「――がぁぁっ! こんな小娘に負けてたまるか」
悲痛に満ちた声を出しながらも、まだ勝負を諦めていないのが伝わってくる。倒れたものの、すぐさま立ち上がり自分のタフさを示しているようだった。
それでも痛いのは変わらないのだろう。少しばかり青ざめた顔をしており、少しばかり苦しそうだ。
「苦しいか? だったら私が楽にしてあげるわよ」
「その前に俺たちが先だ!!」
私の前に現れたのは、いつの間にか服を着ている二人だった。
ここで私が「いつ服を着替えたの?」と、聞いたら流石に雰囲気が台無しになるだろう。私は口をぎゅっと噛み締めるように黙り込む。
「よくも俺をあんなコケにしてくれたな」
「わたしも棒立ちでただやられるってなんてことしてくれるニャー! 獣脚・乱舞」
勢いよく蹴りを繰り出すナズナを、間一髪で避けながらもフェクトの鋭い一撃に沈むウィッチ。
地面にめり込みすぐには立ち上がれない。下手したら、このまま追撃を喰らいそうな勢いだ。
何とか逃げようとするが、今の二人からは逃げられなかった。逃げようとするたびに一撃、また一撃、拳と蹴りが飛んでくる。
ウィッチは今までに見たことがないぐらいに青ざめ、二人を怯えた表情で見ていた。
「これで終わりニャー! 獣拳」
「魔武式・一徹突き!」
ウィッチの腹部には大きな穴が開き、何も出来ないまま消滅を果たす。
二人はハイタッチをして、勝利を喜びあっていた。
「二人とも、鮮やかな勝利だったね」
「せっかく気持ちよく入ってたのによ、こんなことをしでかすなんてどうかしてるぜ」
「そうだニャー、そのおかげでアリアにぶっ飛ばされる始末だし、散々だったニャー」
それにしても私たちにはとある問題が起きていた。それは湯冷めである。冷たい風を浴びて、体は冷え切っている。それにいつの間にか、草木に燃え移った火も消えていた。
「とりあえず暖を取ろうぜ、俺がすぐに焚き火準備するから」
そうして私たちは肩を寄せ合い、そのまま寒さを凌ぐ。それでも中々冷たくフェクトが口を開く。
「今日はあったかいもの食べようぜ」
「わたしもそれに賛成ニャー」
協力して作ったスープを飲み、少しずつ体を温まっていくのを感じるのであった。
それでも皆思うこともある。これが温泉だったらどれだけ良かったことだろうと。




