546話 寒い日にはお風呂が一番
秋から冬へと切り替わる間、相も変わらず私たちは旅を続けていた。
冷たい冬の風は体を震わせる。それでもあの風に比べれば、サイクロンマンというあの存在を思い出したら、この風もへっちゃらだと思う自分たちがいた。
「もう一つぐらい国は行きたいよな」
「そうだね、でも無理はダメだよ。フェクトを失えば、私たちはすぐにでも王都に転移しなければならなくなるんだから」
「そうニャー、何かあったらわたしたちに声を掛けるニャー!」
ナズナの自信満々の姿を見てか、フェクトは少しばかり吹き出した。
それに対してナズナは、顔を真っ赤にして文句を言っていたが、フェクトはその言葉たちにも耐えられず大きな声を出して笑っている。
「フェクト笑いすぎだよ、ナズナに一発もらっても仕方ないと思ったほうが良いわよ」
「悪いな、いやーなんでか笑いが込み上げてきてよ、それで思わず吹き出してしまった」
「せっかくこのわたしが、あんなことを言ってあげてるんだからしっかりしてよね!」
フェクトは軽く返事をして、また前を向く。私はマップを展開させ、国があとどれぐらいの距離か見てみることにした。
じっくりとマップを見ていると、気になる建物が平原にポツンとあるのがわかった。
相当気になったのだろう、私は思わず口から漏れ出ていた。
「これって一体なんだろう?」
腑抜けた声が周囲に漏れ出す。すぐにハッとし周りを見ると、笑いとかよりも驚いた顔をしているのがわかった。
「そうだな……何かの建物だと思うけど、どんな建物かわからないな」
「きっと楽しいところだと思うニャー!」
ナズナのこういったあっけらかんとした態度は場を和ませる。
「予想しようぜ! 俺はダンジョン」
「うわ、言われたニャー、わたしもそう思ってたのに〜」
「だったらナズナも俺に乗るか?」
「乗らないニャー、野菜の直売所」
「わたしはね、温泉とかだったら嬉しいかな」
二人は納得したような顔になる。ここまで気温が下がれば、温泉であってほしいと願うのは無理もないだろう。
そうして私たちは、いつも以上にほうきの速度を上げて進んでいく。
着いた時にはすでに、オレンジ色の空に染まり出していた。思いの外時間が掛かってしまったと思いつつも、無事に着いたことにホッとしている自分がいた。
「あの煙突から煙が出てるよ!」
ナズナがいち早く気が付き、私は心の中でガッツポーズをする。
結果から言うと、私の一人勝ちである。
「よっしゃー、私の勝ち! っていても何も賭けてないから、ただ当たったことの嬉しさと温泉で良かったぐらいしか思えないだよね」
「アリアからしてみればそうだろうな、でも俺たちもお風呂で良かったって思ってるぜ」
「こんな寒い外で話してないで、早く店内に入ろうニャー」
ナズナは身を震わせながら言ってくる。そんな時だった、早く入れと言わんばかりに、今日一番の風が吹いたのだった。
「寒!? そうだね、早く入ろ」
ドアを開け店内に入ると、無人である。先ほどから一切の気配を感じないとは思っていたが、まさか本当に無人だったとは驚きである。
「ここは一体どうなってるんだ?」
そんな疑問の言葉を述べた直後、私たちは閉じ込められたのだった。
扉は勢いよく閉まり、結界に阻まれ出ることも許されない。ただ許されていることは、風呂に入ること。
「このお風呂屋は、それだけ俺たちに入ってほしいってことなのか?」
「とりあえず行ってみるニャー」
それぞれの暖簾をくぐり、脱衣所で服を脱ぎ扉を開ける。その部屋の中は風情のある湯船、それに壁には壁画が描かれていた。
「あれって何を表している絵なのかな?」
「なんだか、剣聖様と管理者様が互いを攻撃しているような絵ニャー」
片側半分しか見えないが、確かに魔法らしきものが描かれているのがわかる。
それにあの剣士は男性。おそらく向こう側に描かれている絵はエルフ族だろう。今では見なくなった壁画に、私は少しの間心を奪われているかのように感じた。
そうして、とりあえず髪と体を綺麗にして湯船に浸かる。その瞬間、疲れという疲れが一気に抜け落ちるかのように、疲労感がさっぱり消えた。
「嘘!? ここまで回復が速いお風呂屋なんて初めてかも」
これはいつぞやの、ポーションを湯船にぶっかけていた国のことを思い出す。
それも相当効いたが、これはそれ以上と言えるだろう。でもどうしてこんなことが可能なのかわからなかった。
「魔力の感じはないよね? この湯船の水が何か関係しているとか」
だが鑑定魔法を施しても、ただの地下水としか表示されない。それがなんとも不気味で、私は少しばかり心を恐怖感に蝕まれていた。
「ナズナ、ここに長居は危険かも」
「どうしてニャー? ここはこんなにも気持ちが良いのに」
目に正気が感じられなかった。その不信感を感じ取ったのか、突然ナズナの攻撃が飛んでくる。
「――うわっ! もしかして操られてる?」
私は湯船から上がり、様子を窺う。それにこの現象はここだけではないようだ。
「まさか、魔神のフェクトまで操られてるなんて」
壁を蹴破り、フェクトまでもが乗り込んでくる。でもここで、二人を正気に戻さなければ、後々面倒なことが起きそうだ。
そう思ったら、俄然やる気が湧き出てきた。
「二人とも、操られるなんてまだまだ修行が足りないかしら、私が痛めつけてあげるわ」
フェクトの渾身の一撃が飛んでくる。それを軽くいなしつつ、カウンターの一撃を顔面に打ち込む。
少しばかり痛がった顔をするが、それで正気に戻るなら最初から、操られてはいないだろう。
「本当……世話の焼ける仲間たちなんだから」
私はどちらかというと、武術においては二人よりも確実に格下だろう。だからと言って私が負けるかと言われれば別である。
その理由は明白である。私は仲間二人の動きをずっと見ていたからだ。
二人がどんな攻撃を繰り出すか、大抵わかる。それにいつも組み手を散々しているので、より戦いの癖ぐらい見抜けて当然である。
「フェクト、鋭い一撃は良いけど、私にはそのままだと勝てないわよ」
一気に飛び込み、腹部に一撃、顎に一撃叩き込む。空中に舞ったところを踵落としで終わりである。
ナズナはそれを呆然と見ていたが動くことなく、そのまま頭を掴み、壁に頭をめり込ませたのであった。
「おそらく最初のフェクトの時点で動くことを諦めたわね」
そうして二人が目覚める前に、私は服を着替え愛刀を腰に下げて、魔物が出てくるのを待つのであった。




