539話 街の日常
翌日。私が目覚めたのは、昼過ぎのことだった。久しぶりのベッドということもあったのだろう。疲れがかなり取れた気がする。
二人はそれぞれとうに出掛けており、二人の気配は別々の場所で感じられた。
体を起こし、座って出来るストレッチを始める。窓を閉めていてもわかる、大勢の人々が行き交い、それぞれの生活を送っていた。
そうして私はベッドから降りて、カーテンを開けて窓を開ける。
心地よい風が部屋の中に入ってくる。そんな風がまだ眠たそうにしていた脳を起こしてくれた。
「とりあえず準備が出来次第、図書館でも行ってみるかな」
二十分近く経った頃だろうか、私はようやく出発するべく扉を開けた。
そうして長い廊下を歩き、螺旋状の階段を降りていく。宿屋の女将さんが私を見るなり大きなため息をついた。
「はぁ……剣聖様、いつまで眠っていらっしゃるのですか?」
「ごめんなさい、疲れてて寝てしまっていたわ」
「お仲間のお二人は朝早くから出掛けてしまいましたよ」
「知ってます、それでは失礼します」
宿屋を出発して、私は図書館を目指しつつ街を散策してみることにした。
街の人々は、昨日の出来事なんて何も覚えていないかと思ってしまうほどにいつもの日常を過ごしている。
ここの人々にとっては、それもまた国の日常の一ページなのだろう。
そんなことを思いつつ、私は大通りを歩いていく。そんな時だった、急激にお腹の音が鳴ったのだ。
「そりゃそうだよね、今さっき起きてからまだ何も食べてないからね」
辺りに目を向けつつ、料理屋を探す。奥の中央広場には大きな噴水があり、その近くには屋台がいくつも並んでいた。
私は思わず駆け出してしまっていた。それほどまでにお腹が空いていたのだろう。
そうして私は、屋台に駆け寄ると目の前で焼かれていく肉串に心奪われていた。
「お兄さん、オーク肉の串を十本下さい!」
屋台のおじちゃんは、少しばかり嬉しそうな顔になっていた。
「ねぇちゃん、俺のことをお兄さんなんて言ったか? 別嬪さんにこんなことを言われたら、より腕を掛けた美味しい串を作ってあげる。少しの間、これでも食べて待っててくれるかい?」
オーク肉の串を渡され、私は唾を飲み込み、思いっきりかぶりついた。
噛んだ瞬間、肉汁が口の中に広がり柔らかいお肉が溶けてなくなる。
ここまで美味しいオーク肉を私は初めて食べた。
「美味しい! こんなに美味しい串初めて!」
私は周りなんか見ずに、まるで子供のようにはしゃいでしまう。
その場で飛び跳ね、何度も美味しいと言っていた。気が付いた時には、その屋台には人々が集まっており大盛況となっていた。
「流石は剣聖様だな、こんなに忙しくなるなんて思ってもなかった。お代は結構だ、この国を楽しんでくれ」
屋台のおじちゃんに見送られながら私は、その場を後にした。
近くのベンチに座り、大量にゲットした串を一つずつ食べていく。食べている表情を見てか、それでまたより長蛇の列が出来ていた。
「ふぅ……お腹も満たされたしそろそろ行ってみようかな」
また歩き出し、図書館を目指す。近くの闘技場から大歓声と共に、大きな木のツルが飛び出してくる。
そのツルの上で、ナズナは獣人族らしく意気揚々と走っていた。
「ド派手にやってるね、あんなに魔法を生み出してて疲れないのかしら?」
気配を感じるに、相当暴れているのがわかる。両者一歩も引かず、ただひたすらにぶつかり合っているのを感じる。
ナズナの猛攻を、魔法を上手く扱っていなしていくウッド。ナズナからしてみれば、戦いにくい相手だろう。それでも相手のペースに呑まれることなく、自分のペースを守って戦っているあたり、ナズナの方が上手。
「この勝負、ナズナが勝つかもしれないわね」
止めていた足を動かし、図書館に向かう。その道中、上空の方では結界について話しているようだ。
フェクト、イデリア、フレリアの三人が意見を出し合い、どうするべきか、白熱した討論が行われている。
「気配を感じているだけなのに、こっちにまで熱気が伝わって来そう」
手をうちわがわりに顔に風を当てる。そうして歩いているうちに私は図書館へと辿り着いた。
木製のドアを開け中に入ると、外とまるで時間の流れが違うと思ってしまう。
そう思わせられるのは、おそらく結界の仕業だろう。
「こんにちは、案内の方はいかがですか?」
受付嬢だろう。ギルドの受付嬢と違ってとても落ち着いた雰囲気を感じる。
私は思わずこの結界大丈夫なのだろうかと、思ってしまう。
「金の冒険者以上なら利用出来るっていうのを聞いたのですが」
「ギルドカードを確認致します」
ここで文句を言う奴もいるんだろうな、なんてくだらないことを考えつつ私はギルドカードを渡す。
「剣聖アリア様でいらっしゃいますね。剣聖様、管理者様の方々のみが閲覧出来る蔵書も有りますがどうされますか?」
「そんなのがあるんですか? それだったら是非お願いします」
受付嬢は微笑み、席を立った。
「こちらでございます」
案内されたのは二階にあるスタッフルームであり、そこからまだ奥にある部屋に私は案内された。
その部屋には、ダンジョンのような魔法陣が生成されていて、受付嬢はその場で止まる。
「剣聖様、こちらの魔法陣をお使い下さい」
私は言われるがまま、その魔法陣に足を掛けた。そうして気が付いた時には、部屋に案内されていた。
「ここってもしかして、この図書館の最上階?」
この図書館の外観は、豪邸と言わんばかりの建物だった。三階建てであり、おそらくここは三階で間違いないだろう。
しかもここは、魔法陣に乗ってくることでしか来られないようになっている。
大きな部屋であり、中央には大きな窓、机と椅子、いくつか扉が存在する。
確認していくと、それぞれトイレと簡易なキッチンである。ここで暮らそうと思えば出来る場所である。
「こんな所があったなんて、この国は色々とあるね」
そうして私は、ようやく本棚の方へと向かうのであった。




