514話 不可思議なこと
不可思議なことが起きた。先ほどまであったはずの死体、それが忽然と消え、跡形もなく痕跡が消えていく。
「フェクトは魔法で原因を探って、ナズナは足跡が消えて行くのを阻止してみて」
だが、それはどれも失敗に終わった。認識阻害系の魔法で追えず、そもそも物理的に止めようとしても無駄。
まるで、完全犯罪の片棒を担がされた気分だ。
それでも何か手掛かりが残っていないか、探るナズナ。必死に周りを探索しているが、やはり痕跡は見つからない。
だが、そんな魔法を私は聞いたことがない。それはフェクトも同じなのか、困惑した表情を浮かべていた。
「これ、一体どうなってるんだ? アイツらはあの魔物によって殺されていたはずだ、それなのにどうして」
知識のない私では何の役にも立たないかも知れないが、今思いついたのが一つだけある。
素人が、思いついたことを言って良いのだろうかと思ったが、ものは試しだと思い、私は意を決して口を開いた。
「もしかして、死後でも使えるように術式を組まれていた可能性ってないかな?」
フェクトは苦い顔をする。それがどういった術式なのは、私では見当もつかない。それに何より、そんな魔術式があるのかえ私にはわからない。
だがフェクトの顔を見るに、その魔術式はおそらく本当に存在しているのだろう。フェクトがあんな顔をした時点で私は、気がつくべきだった。
フェクトに流れる魔力が何だか跳ね上がったような気がする。
「あるにはあるが、それを使ったとしてもこんなことにはならないはずだ」
「そうなの? 自身の死を生贄として、生前では不可能だった魔法が扱えるとかありそうだニャー」
「ナズナにしては冴えてるな、だとしてもここまでのことはありえないはずなんだ」
おそらく死体の数だけでは、そんな芸当ができるとは思っていないのだろう。自身の死を生贄にして、魔力を最大限高めその術式を発動させる。
だが、その前提にあるのは人間の死だけだ。それだけで足りないとすると、それは一つしかない。
だがそれは、本当に同じ人間かさえ思ってしまう。でもそれはおそらく最も真実に近いものだとも思えた。
だからこそ、私はフェクトの目を見て話した。
「あの魔物も術式内に組み込まれていたんだ。アイツはキメラだ、だからこそ実行に移せたんだよ」
フェクトの顔はより曇る。それになんだか、蒸し暑さがより際立ち、まるで茹でられているかのように暑い。
フェクトは唇を噛み締め、怒りで身を震わせていた。
「絶対にこんなことをした奴らを捕まえるぞ、何があってもこの手で俺が潰す」
膨大な魔力が強く握り締められた拳に集まっていく。それほどまでに怒りに満ち、こんなフェクトを見るのは久しぶりだった。
「とりあえずこれからどうするニャー、どうしてあんなことをしたのかわからないし、闇雲には動けないニャー」
ナズナの言う通りだ。いくら私たちが強いといっても、たった三人しかいない。
今できることは、なるべく多くの人に情報を共有するべきこと。それに、私たちは旅人である以上、旅をするのが本文だ。
「イデリアに連絡を入れておくわ、全面的に協力を要請しましょう」
「それは違いねぇな。それによ、こんなことをするのは大抵あの組織以外いないんだからな」
そうして私は少し離れた位置で、ぬるま湯な風を感じながらテレパシーを繋ぐ。
だが何度試してもイデリアには繋がらず、不安という種が芽を開かせだんだんと大きくなる。終いには、大きな一輪の花が咲く。
そんな状態な私は、少しばかり過呼吸になりながらも、精神を安定させる。
そうして、二人の元に戻るのであった。
……
アリアがそんな状態になっている頃、イデリアの方は王都が絶賛襲われている最中だった。
「すぐに魔法を再展開しなさい、モタモタしてないで早く!」
罵詈雑言を浴びせながらも、私は魔法を放っていた。得体の知れない魔物が王都を取り囲み襲ってくる。
私にできることをしなければと思い、前線に立って戦っていた。
放たれる魔法、ぶつかる破裂音、冒険者の声、色々な声が混じりあい、戦場は混沌としていた。
そんな混沌とした空気をぶち壊すかのように、若い声が後ろから聞こえてきた。
「失礼します! 地上の冒険者からの情報です。捕縛した魔法使いは、魔物が消滅すると同時に跡形もなく無くなるみたいです」
「もしかして、全員自ら命を? だとしたらあんな現象にも説明がつく」
そうなると、こんなことをしたって絶対に解決しない。こんな無駄な行為を今すぐに辞めたいと、叫びたくなる。
それにこの行為は、彼らにとってほとんどメリットはない。むしろ、仲間を減らすデメリットしかない。
「本拠地を叩かない限り、この戦いを終わらせないつもりかしら?」
「そんなことをしたって無駄ですね、おそらく別の狙いがあるかもしれないよね」
この行為自体がフェイク。本当の目的が別にある可能性が高いかも知れない。
だとしてもこの状況を放っておくことはできない。なんとも腹立たしい状況に、私自身が嫌いになる。
「そんなの俺たちに任せて、イデリアは自分の仕事をしてくれ」
卑下していた私の前に、一筋の光が見えた。
「トータトン! 戻ってたのね、それだったらお願いするわ」
トータトンはニコッと笑い、一気に地上前線へと飛び降りた。その衝撃は凄まじく、こちらにまで気配が伝わってくる。
「あれだけ強いトータトンを従わせてるアリアって、本当に恐ろしいね」
「それにしては随分と嬉しそうですね、それにイデリアだって負けてないから」
そんなフレリアに背中を押され、私は管理者室へと戻って行くのであった。
……
「繋がらないってマジかよ、もしかしたらすでに王都で何かあったのかも知れないな」
「そうかもね、でも被害は少なく抑えられる、だってアイツらもいるんだから」
そうして私たちは謎を抱えたまま、ほうきに乗って進んでいく。
やはりその風はぬるま湯な風で、ベトついた体には心底気持ち悪かった。




