506話 大切なもの
ここはまるで、世界と隔離されているかのような時間が流れていた。そう思ってしまうほどに、ここは静かだ。
そんな中、少女は眠りにつき、いつ目覚めるかさえわからない中、ただひたすらに、孤独に満ちた世界で戦っている。
その中に私は入ることはできない。これは、彼女自身やその資格を保有していなければ、それに携わることはできない。
それに私自身、その資格はない。なぜなら、回復魔法を使えないからである。
今の私にできることがあるとすれば、ただ回復を祈ることだけだ。
そんな時だった、三人が転移してきた。
「随分と遅かったのですね、管理者様」
息が乱れ、少しばかり緊張しているのがこちらにまで伝わってくる。
「その言い方は何? アリア、あなたは何がしたくてあんなことをしたの」
握り込んでいる拳が力んでいるのがわかる。それほどまでに管理者様は怒っているし、困惑している。
「あれは私の意思を示しただけです。剣聖と呼ばれる私がやっていい行為ではなかった、だからこそあの様な行動をしたまでですよ」
今にこちらに向けて魔法を放って来そうな目でこちらを凝視する。
それに何より、黙っている二人がどことなく怖い。
「管理者様、彼女は任せましたよ。私はもうこの子にも会いませんから」
椅子から立ち上がる。もう一度、目に焼き付けるかのように、彼女を見た。
そうして、十五秒ほど経った頃、私は目線を前に戻し深く一礼した。
「管理者様、どうかよろしくお願いします」
顔を上げる。その時、世界がまるで遅くなったと感じるほどに、時間がスローモーションになったようだった。
そんな世界とはすぐに切り離され、強い衝撃が加わったことでようやく元の世界に戻って来れた。
「いつまでそんなことをしているつもり? 表に出なさい、そんなに罰がほしいのならこの私がお前の人生を終わらしてやるわよ」
二人は少々驚いた顔で管理者様の顔を見ていたが、すぐに私を引っ張り上げ、転移させた。
転移先は、国の外。平原が広がっており、なんとも戦闘向きな場所。
「この私にこんなことをさせるんだ、抵抗なんてしないでよね」
魔力が体外に漏れ出すほどに、管理者様の魔力量が跳ね上がる。
ひりついた空気感。だだ漏れな殺気、それがなんとも心地よく、鼓動がこれを待ち望んでいたかのように、跳ね上がる。
「誰が抵抗しないなんて言ったの?」
木剣を取り出し、攻めの姿勢になった。
(あ、二人ともわかっていると思うけど、手を出さないでね)
(それぐらいわかってるよ、目的もな)
(何年一緒に旅をしていると思っているニャー、それぐらい見抜けないで、仲間なんて呼べるわけないニャー)
なんとも頼もしい仲間だと私は改めて誇らしく思った。イデリアはそんなことに全く気が付いていない様子だし、これなら上手くいきそうだ。
一度深呼吸をして、改めてイデリアの方を見つめる。
冷酷で冷たい目をしてこちらを凝視する目。圧はすごいがどうってことはない。
「さぁ、いつまでも見つめ合ってないで始めましょうかしら? 私の魔法で沈めて差し上げますわ」
複数の魔法陣が展開する。その全てから魔法が撃ち込まれていく。
一切の躊躇なく、その全てが殺意に満ち溢れていた。
「聖なる刃・ビット」
幾度となく見てきた魔法。そんな魔法のはずなのに、完全に普段とは比べ物にならない。
今まで見て来た魔法は、まるでお遊びだったと言えてしまうほどに格の違いを見せつけていた。
「剣聖たる所以の一撃、汝を潰す一撃、汝は我の前では何をしても無駄。そう、それが剣聖の一撃なのだから。剣聖剣技・一殺一撃」
全て躱し、私はイデリアの前に現れる。魔法を放とうと準備している姿がまるで、スローモーションのようにゆっくり見えた。
だが、すでに何をしても遅い。
「チェックメイト」
木剣はイデリアの体に当たり、悲痛な叫び声が聞こえる。地面に倒れ、そのまま気を失った。
「はい、一丁上がり」
そうして私が考えていたことが実現する。私たちのぶつかりよって、目覚めたのだ。
「おかえり、寒風少女」
寒風が吹き、その風はとてつもなく冷たく、それでいてどこか生命力を感じる。こんな戦いをすれば、寒風少女は目覚めるとわかっていた。
その理由は、寒風少女自身、そうやってこの力にも目覚めたことが所以と言えるだろう。
そうしてイデリアを連れ、ナズナに頼んで先ほどの病院まで戻ってきた。
寒風少女は目覚めの反応を見せるものの、まだ動けない。そのほうが今の私たちや寒風少女にとっても、互いに良いことだろう。
私は、個室に入り、寒風少女の確認をする。私には気が付いている様子だが、反応は返ってこない。そこまでの体力がないのがわかる。
「わかるかい? 君は何日も眠ってずっと回復を施されていたんだよ」
また眠そうになる目をなんとか必死に開けながら、状況を聞こうとする寒風少女。
ただ、やはりこれは長時間できることではないらしい。その証拠に、気配がとても薄くなってきていた。
「よく聞いて、今のあなたはなんとか一命を取り留めた状態。ここから先、君が諦めなければ、元通りに歩くことも可能」
そうして力尽きたのか、また眠るのであった。でも、ここで目覚めたことはある意味進歩である。
あれでまだ目覚めていなければ、そのほうが危なかった。それほどまでに、寒風少女の体は危なかったのだ。
なんとか生きているだけで、いつ急変してもおかしくない。
「でも起きて良かったと思うぜ、ここまで眠ったままだと、後々後遺症が残る可能性は高いからな」
「ほんとだよね、でも寒風少女ってもう攻撃魔法とか使えないんでしょう?」
「そうだよ、あれは無理矢理に開いたものだからね。それでここまで蝕んだ挙句、あの暴走と立て続けだったから、ほとんど無理だろうね」
今の寒風少女のほうがよっぽど良い。何にも縛られず、一切のデメリットなく、戦える。
それが戦う者にとっての最も大切なことなのだから。




