502話 思想が強い領主
密室の部屋にいるのは私と領主だけ。ドア付近に気配を感じるが、今の所無害であろう。
そうして私は、改めて領主の方を見る。あれだけのことがあったはずなのに、領主自身は怪我などはしなかったのだろう。
それに、街の中がどうなろうが知ったことではないと言わんばかりな態度が伝わってくる。
吐き気を催すほどの偽善者──私の中に、そんな言葉が静かに浮かんだ。
「剣聖様、お疲れの所お呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした」
「それは別に構いませんよ、それで本題に入ってはいかがですか?」
領主は顔色を一切崩さず、こちらを見つめる。深呼吸をして、ようやく口を開いた。
「今回の一件、我々としても随分と痛手を受けました。そこで、あなたに賠償をしたいと思っておりまして」
やっぱりか……そんな言葉が頭の中を駆け巡る。元を辿れば、王都で始末しておいたら済んだこと。
それがわかっているからこそ、その請求を私に払わせようとしているのだろう。
それでいて、イデリアを呼ばなかったのは、このような話をイデリアにした場合、どうなるかわかっていての犯行。
だからこそ、私一人を呼びたかったというわけだ。
「面白いことを言うのね、街はすでに元通りですよね。精神的苦痛とかで賠償予定ですか?」
「俺は元々、今の剣聖にも管理者も気に入らないんだ。その理由がわかるか?」
大体は想像が付くが、そこは一旦黙っておこう。私は考える振りをして、試しにテレパシーを試している。
だが、それはうまく接続されなかった。まるで、魔法を遮断しているかのようだ。
それに気配が随分と変わった、この屋敷の者すべてが、何らかの武器を手にしているのが気配でわかる。
それだけ殺意が漏れ出ていた。
「わかりませんね、それにこれと何の関係があるのですか?」
「俺は、剣聖も管理者も男がやれば良いと思っている、男こそが絶対的なのだと俺は思っている」
うわー、そんなヤバい思想をまだしがみついている人が存在したなんて、正直信じたくない。それぐらい、私は心の底から嫌悪感を覚えていた。
しかも何より問題なのが、それを自信満々に言うのだからよりヤバさを引き立てている。
「随分と面白いことをおっしゃるのですね。それに今このダイナールを管理しているのもエルフ族の女性ですけど」
「それも本当は今すぐにでも、解任させたいと思っている。それに何より、この俺が相応しいとさえ思う」
「そうですか……じゃあ私はこれで戻りますね」
立ち上がり外に出ようとすると、扉が勢いよく開いた。先ほどの執事がそこには立っていた。
武器を持ち、こちらに殺意を向けているのが伝わってくる。
「剣聖様、どうかここで死んではいただけませんか? 寒風少女がいない今、あなたを殺すにはこれしか方法がない」
そういうことか……どうして寒風少女が暴走状態に陥ったのかようやく理解できた。
あれは故意。それであそこまでの被害を出しておいて、それでいて私に損害を求めるのだから何ともバカだと思ってしまう。
「それを聞いて、素直に私が応じると思ってるの?」
「応じてもらう。さもなくば、この国を巻き込んでお前らを抹消する」
この国を巻き込む。おそらく軍隊に街を襲わせるのだろう。おそらくだが、彼らは何らかの弱みを握られている。
だからこそ、それが可能なのだとわかる。
今すぐにでもここにいる奴らを、全員処したい程には怒りで我を忘れそうだ。
深く深呼吸をするが、それはどうにも収まりそうにない。
「どうするんだ? お前一人が死ねば、ここの住人たちは傷つけられずに済むんだぜ」
「応じるわけないでしょ、だってあなたたちを殺せば済むことだもん」
領主の顔が一瞬引き攣ったように見えた。息を呑み、状況を把握しようとするが、一度ビビった時点で元に戻ることはない。
それは私の真後ろにいる執事も同じこと。
いつでも攻撃に転じられるように、構えていたナイフを床に落とし、拾えずにいた。
そんな時だった、結界が割れる音が屋敷内に響き渡った。どうやら、イデリアが乗り込んできたようだ。
それだけ、私の気配を感じないことに危機感を覚えたのだろう。
「随分と面白いことをしてくれるのね、この私を入れないようにしているなんて」
屋敷内に響く、イデリアの声。それはまるで怪物が家に乗り込んできたかのような感覚。
本気で怒っているのが伝わってくる。
「誰の許可を得てやっているのかしら? オグリット」
執事はこの場から逃げようとするがすでに遅い。地面に叩きつけられ、完全に伸びていた。
「イデリア様、少しは落ち着いてください」
何とか場を納めようとするが、そんな言葉、イデリアの耳には入らない。
すでに魔法を撃つ態勢に入っており、いつでも発射可能である。
「あなたまた、あんなことを言い出していたなんてね、私がボコボコにしても治らないのか」
「誰がそんなことを? 俺は言っていませんよ、誰かが俺を貶めようとしているのです」
「寒風少女に細工をしたのはあなたたちでしょ、それぐらい調べればすぐにわかるのよ」
領主は何も言えなくなったのか、黙ってしまう。それにすら、苛立ちを覚えているのか、魔力の気配が、先ほどよりも一段階強まったように感じた。
「そうだよ、何か悪いことでもあんのかよ! 俺がこの国で何をしようが俺様の勝手だろうが!」
次の瞬間、魔弾が腹部にクリティカルで当たってしまう。領主はその場に倒れ込み、悲痛な声を上げていた。
そうして、領主邸にいたすべての人が魔法界によって連行された。
「私は置き去りかよ、はぁ……仕方ない、とりあえず二人の気配を探るか」
その後、私は気配を辿り二人が止まる宿に到着する。二人の気配を察するに寝ているのがわかる。
それだけ、今回のことはキツかったということだ。私も自分の部屋に行き、そのままベッドに身を落とす。
たった半日だったのに、私の体は疲れていた。それでも一つ思ったことがある。
それは、寒風少女との戦いがとてつもなく私にとっても楽しかったということ。
そんなことを思いつつ、眠りにつくのであった。




