498話 寒風少女の影
夏の暑さが本番にだんだんと近づく頃、私たちは今日も変わらず、平原をほうきで駆け抜けていた。
まだまだ春だと思っていたのに、肌がこんがりと焼けてしまいそうなほどの暑さ。そのせいもあって、誰も口を開かなかった。
そんな時だった。奥の方で人影が見えた気がする。どこを見渡しても平原が続くこんな場所に人なんているのだろうか。熱中症にでもなり掛かっているのではないかと、心配したくなる。
フェクトがぼそっと言った一言で現実に戻ってきた。
「あれ? あそこ、人が倒れてるぞ」
フェクトは途端にほうきの速度を上げて、先に行ってしまう。私も後ろからついて行く。
そうして、近づくにつれて、それが人だとハッキリわかった。
長い金髪が、風に張り付いたように額に垂れていた。エルフ特有の鋭い耳も、今はぐったりと動かない。
「そこでぶっ倒れてるエルフ! 大丈夫か、生きてるか?」
気配感知を発動させると、まだ気配を感じられる。生きていなければ、まず気配なんて感じない。
「とりあえずフェクトは結界を出して、私とナズナでとりあえずやれることをやるから!」
その言葉に反応してか、ナズナはすぐさまほうきから飛び降り、そのまま近づいていく。
そうしてエルフ族に呼びかけるが応答はない。完全に意識を失っているようだ。
「ナズナ、まずは呼びかけてくれる?」
私はとりあえず出せる指示を出し、ボックスからポーションを取り出す。
ポーションを掛けてみる。だが、少しだけ効いている様子を見せるが、意識が戻るレベルでは効いていない。
それに体を触ってみると、体温が異様に高い。おそらく熱中症で倒れたのだろう。
「結界内に冷気を充満させてる、これで少しは体温を下げることができると思うぜ」
私たちにできることを終え、とりあえず様子を見ることになった。
すでに昼過ぎであり、何も食べずに作業をしていたこともあり、お腹がすいて口数が減っていた。
「お昼ご飯、何か作るわね」
私は、適当に食材を取り出し、切っていく。昼は軽めで良いだろうと思い、私はいつも通りにサンドイッチを作っていた。
「ご飯ができたわよ、さっさと組み手をやめて戻ってきて」
料理を作っていた十五分足らずだというのに、随分とボロボロになっている。
それでもどことなく満足そうな二人を見て、私は特に何も言わなかった。
そうしてご飯を食べていると、エルフ族の気配に変化が見られる。
「そろそろ起きるわね、二人ともガン詰で話しかけたらダメだからね」
「それぐらいわかってるよ」
「フェクトの言う通りニャー」
ほんの少しだけ心配ではあるが、そこは二人の言葉を信じよう。
「……ここは、どこだ?」
微かだが、そんな声が聞こえた。私はすぐさま駆け寄り、エルフ族の意識がハッキリしていくのを観察する。
「聞こえてるかしら? 聞こえてたら返事をしてほしいんだけど」
「あなたは誰だ? 俺はどうして……こんな所で寝てるんだ」
私は、見た状況を全て話した。そうして、頭を抱えてようやく思い出したようだ。
「思い出してくれて何よりだわ、それより体調の方は大丈夫そう?」
「本調子とはいかないが、すぐにでも動けそうだ」
「それは良いことだけど、でもあんな所で何をしてたの?」
エルフ族の男は、体を起き上がらせ一呼吸してから話し始める。
どうやら男は、旅人として放浪しておりダイナール各地を回っていた。
そんな時、この暑さにやられ倒れたようだ。
「それにしてもあなたも何年も旅をしているのでしょ、それぐらいのことは気を付けることね」
そんな時だった、フェクトがこちらへ来る。何か言いたげな表情をしており、気になっていると男の方から話しかけたのだ。
「あなたには隠し事はできませんね、どうしてあんなところに居たのかを」
旅をしていること自体は、嘘だとは思っていなかったが、隠し事があるとはまでは気が付かなかった。
フェクトはどこで気が付いたのだろうか? 仕草だろうか、それとも言葉とかだろうか。どのみち考えた所で私にわかるはずもないが、それでも気になってしまっていた。
「お前、本当は寒風少女と何か関係があるんじゃねぇか?」
確かに言われてみればそうだ。何年も旅をしている人がこんな失敗を犯す可能性は極めて低い。
それに何より、あんな所で倒れる前に本能的に転移しているはず。
「そうですね、あなたが思っている関係性はないと思いますが、会ったことはあります」
一気に二人の警戒心が増す。まるで犯罪者を見るような目をしていた。それに、その言葉にフェクトの拳がわずかに震える。
そんな顔をされても、男は全く気にしていないようだった。むしろこれが正しいとさえ思っていそうだ。
「それで俺たちを襲えってか? アイツも案外、小物みたいなことをするんだな」
「それは違う、おそらくは私たちが今、どんなことをしているかを観察しに来たんだよ」
私が答えたことにより、フェクトは少しばかり驚いた表情を隠せずにいたが、すぐに冷静さを取り戻す。
ナズナの方をチラッと見ると、そこまでのことに興味がなく、空を眺めている始末。
「剣聖少女様の言う通りです。私はこの近くにある国から来ました、剣聖少女様が近くに居ると情報を得て」
おそらく先日の親子だろう。冒険者たちの中に、寒風少女の手先が紛れていたと考えるのが妥当だ。
「とりあえずわかったわ、それで私たちのことはなんて報告する気だったの?」
「そうですね、特に変わった変化なし……とか、ですかね」
「寒風少女はその国に居るわけ?」
「いないですね、すでに去った後だと思います」
寒風少女がどんなことを考えているのかは知らないが、私たちの前に現れるのならその時は相手をしたいと考えている。
だからこそ、何か情報を得られたらと思ったが男も何も知らないだろう。
それには思わずため息をついてしまいたくなるが、仕方ないと考えた方が気持ちが楽になりそう。
「もう行って。次は、私たちの前に現れないで」
男は一礼して、その場から転移して帰っていくのであった。




