488話 恐怖心
食事は速やかに終わった。二人はすぐにでも飛び出して行きそうになったのを引き留める。
「これからのことなんだけどさ、結界改良は程々にして出発するべきだと思ってる」
フェクトが勢いよく立ち上がる。その衝撃で椅子がガタンっと音を立てて倒れた。
フェクトは私の顔を見つめ、何か言いたそうにしている。だがフェクト自身も心のどこかで分かっていた。
だからこそ、何も言わずにグッと堪えているような表情を浮かべるのだろう。
「フェクトの言いたいこともわかる。だけどね、ここで二人の満足がいく結界を待つことはできない」
「そ、それはそうだけど、でも実際に寒風少女に目を付けられている現状で、結界が不充分の中放置することはできない」
イデリアは強く私に訴えかけてくる。だが、それが完成すまでに、寒風少女は何かしらのアクションを起こすのはおおよそ間違い。
そこで、新人類へと適応した場合はめんどくさいことになる。それを防ぐためにこの国を出ていくのは正直、合っているはず。
「アリアの考えっは大体わかる、でもそれはダメだよ」
「結界ができあがったとしても、それでも無理だった場合どうするの?」
イデリアは俯いて黙ってしまう。ここで良い案が浮かんだ所で、それは実行には移せない、
「それに何より、イデリアが何ヶ月も魔法界を蔑ろにするのは流石にダメだよ」
「それはそうだけど、中途半端な結界を作って、突破されても問題だよね」
「確かに問題だね、でも多分だけど一度来た国は襲わないと思う」
どこからそんなことを言えたのだろうかと、一瞬考えるが寒風少女ならそうすると不透明な自信がそこにはあった。
「寒風少女がもう一度訪れると思わないニャー、だってこのままだとこの国も厳戒態勢になるでしょ、わざわざそこをもう一度ってね」
ナズナの言葉には少しばかり説得力があった。イデリアも納得な表情を浮かべるが、心の中ではあの結界をどうにかしたいと思っているのがわかる。
それでも、今の状況に鑑みると、ここに長居するのは得策ではない。
「とりあえず急だと思うから数日の猶予はある。そっちの方が、より二人も身が入るってもんでしょ」
「イデリア、俺たちならもっと強い結界を作れるはずだ、早速作りに行くぞ」
イデリアの腕をフェクトは引っ張り、そのまま宿を後にした。
そうして二人の気配が上空に飛んだのがわかる。
「じゃあ私たちは、ちょっと街の様子でも観に行こっか」
ナズナは満面の笑みを浮かべ喜びが全面に溢れ出ていた。外に出ると、騒ぎを聞きつけてきたであろうギルド職員が私たちを待っていた。
「大変申し訳ございません、ギルドの方に来てはいただけませんか?」
「それを断ったら後が怖そうだし良いよ! その代わり、手短に終わらせてよ」
ギルド職員の若い男性は深々と頭を下げた。そうして私たちはギルドに転移する。
ギルドの中に入ると、重々しい雰囲気が広がっていた。周りにいる冒険者たちも居心地が悪そうな顔をしている。
「私を呼ぶってことは、寒風少女のことかしら?」
「そうだ、流石に我がギルドも見過ごせないと思ってな」
白いちょび髭の生えたおっさん。おそらくこの人はここのギルドマスターだろう。昔は相当やり手の冒険者だったとうかがえてくる。
「今回の一件、まずはこの国を守ってくださりありがとうございました」
ギルマスは、立ち上がると同時にそんな言葉を言う。しっかりと私の目をみて、感謝しているのがわかる。
「それで何を話したら良いわけ?」
「大体のことは、セイレとアラタから聞いてます。私たちが聞きたいのはただ一つ、もう一度寒風少女が来るかどうかです」
やっぱりそれか。だがそれは実際の所わからないが答えになる。
「その顔はやはりわからないと言うことでしょうか?」
「そうなるね、現状来るとは思ってないけど、その可能性ゼロではないからね」
「それで結界の方は? 随分と弄っている様子ですが大丈夫なんでしょうか?」
それは専門外だからなんとも。そんな言葉が口から出そうになる。
それを発しても良いのだが、剣聖がそんなことを言うのは流石に今後に関わってくる。だが、そこで適当な返事を返せば、より一層印象は悪くなる。
「それは専門外だからなんともですかね……今、仲間のフェクトと管理者のイデリアが結界を見ていますが、今はまだ難航しているようですね」
「そうですか、どうにかならないんですか? あなた方の力があればいけませんか」
そんなことを言われても限界がある。それに、寒風少女を追い払うだけでも今は一苦労しているのが現状。
私が戦っているから逃げてくれるが、それがいつまで保てるかもわからない。
それにいずれ死ぬと言っても、寒風少女はそう簡単にくたばらないだろう。
「それはお答えできません、こちらもやれることはやっていますが、まだ成果はあまり芳しくないので」
「剣聖様に管理者様が揃っているのにどうしてはっきりと答えられないんですか! こっちは怖い思いをして震えて眠らないといけないんか!」
ギルマスの口調もだいぶ崩れてしまっている。それだけの恐怖心を寒風少女は与えていた。そんな現状を目の当たりにすると、流石に私だってあとに引けなない。
「寒風少女は必ず討伐します。皆様に怖い思いを掛けているのも重々承知しております」
「だったら今すぐ殺してくれ!」
そんなことを言われても、今はどこにいるかすらわからない。
「さっきから聞いてると流石にうざいニャー。アリアたちだって必死にやってるニャー」
「獣人族のお前に何がわかる! 人間はな、お前らみたいな他種族とは強さが違う」
次の瞬間、ギルマスは壁を突き破り吹き飛ぶ。ナズナの思いっきりの一撃が飛んでしまったようだ。
だが、それに対して誰一人否定的な意見を述べる人はいなかった。
むしろ、清々しい顔していた。
「それではこれで失礼します、私たちなりにやってみますから」
そう言ってギルドを後にした。




