483話 勇気をくれる言葉
アラタは力強く真剣を握りしめていた。私を殺したい一心なのだと、直感でわかる程度には。
アラタは一心不乱に走り出し、剣技は放つ。
「残像剣」
それを跳ね飛ばし、カウンターを一撃叩き込んだ。私が持っているのは真剣ではない、ただの木剣である。
アラタの顔は思ったよりも痛みで顔が歪むことはなく、すぐに立ち上がった。
ただ、それは木剣だからである。あれがもし、真剣なのだとしたら今の一撃でアラタは死んでいる。
腹部に決めた一撃で、上半身と下半身がお別れするほどの力は込めていたはずなのだから。
「たかがカウンター決めたぐらいでいい気になるなよ! セイレが受けた痛みに比べたら屁でもないわ!」
セイレ、セイレとうるさい少年。そんなにも大切に思っているのであれば、なぜあの時飛び出なかったのか不思議に思う。
私同様、隠れて様子を窺って居たのは、フェクトにもバレていた。それなのに、ここで怒りをぶつけられても、あまり意味がない。
あそこで飛び出していたらと考えると、自然に私も飛び出していけた。それを思うと、この少年にはガッカリしてしまうことが多いと感じた。
「あいつ、昨日からずっと楽しみにしてたんだ。だから、どうしてあんな……」
「それはフェクトに直接聞いてよ、私に聞かれたって百点の回答はできない」
「元々は、お前たちがセイレに火を付けなければこんなことにはならなかったんだ! これでセイレの身に何かあってみろ、俺はお前たちを絶対に許さない!」
まるで犬がギャンギャンと騒ぎ立てているかのようだ。それだったら、あの時少年は出ていくべきだった。
そこを間違ってるようでは、少年は強くなれないだろう。
「そんなゴタゴタ言ってないでさ、さっさと打ち込んで来なさいよ、来ないのならこっちから行くわよ」
少年よりも遥かに早い速度で走り出す。まるで少年の動きが止まっているかのように見えるぐらい、動きが遅い。
「――ガハッ! なにも……見えない」
人型模型に打ち込むかのように、連撃を繰り出していく。完全に少年はそれを捌ききれず、自身の体で受け止める他なかった。
「少年、何地面にぶっ倒れているの? こんなの序の口に過ぎないんだけど?」
少年の顔は恐怖と痛みで歪んでいた。それでも目の奥は光が灯ったままだ。
まだ諦めていないのがわかる。自分がこれからどうするべきか、頭のどこかで思案しているのが直感で察した。
「少年、早く立ちなさい、私がアラタをより強くするから」
強く、その言葉はいつだって勇気を与えてくれる言葉。その言葉を聞いて、胸が躍らない冒険者なんているだろうか?
「さっきまで少年なんて呼び方をしてたくせに、また名前呼び……剣聖様の心情変化ですか?」
そんなことを言いつつ、起き上がりながら一撃入れようとしているのだから、先ほどとは違うのは誰が見たってわかるだろう。
それを払い除けつつ、私は大きく後ろに飛んだ。
「まぁそんな所かな。私が名前で呼ぶってことは、認めてる所もあるってことだから」
「気に食わない所の方が多いけど、剣聖様のことは少し尊敬している所もあるんだぜ!」
それを証明するかのように、真剣の攻撃に一段と磨きが掛かったかのような動き。
思わず咄嗟に構えてしまうほどには、アラタは自身でも気が付いていなかったポテンシャルを開花させた。
「俺は絶対に強くなる! セイレが悲しくならない世界を作るために!」
なんともロマンチックな言葉。それをセイレが見ていないの所で言う所が可愛い一面もある。
そんな言葉に応えるかのように、私は木剣を握り直す。攻撃の構えで一気に叩き込む。
「負けない!」
その一言を実現するかのような動きで、私の連撃を先ほどとはまるで別人のようにいなしていた。それだけには止まらず、カウンターの一手を放つようになったのだから成長を肌で感じられる。
「その心意気、嫌いじゃないよ」
そうして戦いは終盤へと差し掛かっていく。すでアラタは限界を超えている。
私の連撃をフルで喰らっておいて、まだ立ってられた時点ですでにおかしかったのだ。普通なら、血反吐を吐いて倒れてしまってもおかしくない。
「アドレナリンドバドバでその辺の感覚、どっか逝ってる感じかしら? 明日以降もあるんだから無理はしたらダメよ」
「今更言いますか、剣聖様が俺を変えたんだから、責任とってもらいますよ!」
まるで魔物が走ってくるかのような動き。全身が悲鳴を上げている中、そんな無茶な動きをすればそうなるのも無理はない。
それでも一歩、また一歩と踏み出す姿勢は共感できる所はあった。
「その頑張りに免じて私の力の一端を味あわせてあげる」
それを聞いても尚、アラタは走るのをやめなかった。一切の迷いなく私に剣技をぶつけることを考えている。
「剣聖たる所以の一撃、汝の頑張りに免じ、汝に示そう我が刃。剣聖剣技・一閃」
「竜咆」
突きと一閃のぶつかり合い、勝者は私だった。衝撃に耐えられる力など残っているはずもなく、体を叩きつけられそのままぶっ倒れてしまった。
でも敗れた瞬間、倒れる最中に見た笑顔は忘れることはないだろう。
「良い勝負ができたよ、本当にありがとう」
そう言って私はその場に座り込んだ。呼吸は荒くしんどい、それでもなんとか立ち上がり、ポーションをぶっかけた。
早く掛けたこともあってか、アラタは十五分もしないうちに目覚めた。
目覚めるなりすぐに立ちあがろうしたが、全身からくる痛みで地面をのたうち回っている。
「そんな急に立ちあがろうとするからだよ、それと聞きたいことがあったんだよね」
「な、なんですか?」
「なんであの時、セイレを助けに入らなかったの? 君なら入ると思ってたのに」
「そ、それは……アイツの頑張りを俺が邪魔するのは違うって思ったから」
顔を真っ赤にしながら言うあたり、まだまだ少年である。
「そうか、セイレは明日来ると思う?」
「絶対に来ます、セイレは絶対に諦めてませんから」
なんとも頼もしい言葉なのだと、私は改めて思うのであった。




