482話 精神的なダメージ
……
翌日。セイレは朝早くから平原に出ていた。魔力を身に纏わせ、精神統一に励んでいる様子だ。
「すごい集中力だな、俺が来たこと気が付いてなかっただろ」
セイレは、ビクッと肩を上げ後ろに振り返る。俺の顔を見るなり、目が完全に見開き驚いていた。
セイレは息を飲み、状況の整理を済ませすぐに立ち上がった。
「おはようございます! 本日からよろしくお願いします」
セイレは、ビシッとした姿勢で挨拶をして、綺麗な礼を披露する。
セイレ自身の誠実さが窺える。
「早速だが、まずは実践形式で戦ってみよう! どれだけの実力があるか、確かめるには一番手っ取り早いからな」
「いきなりですか!? 私は魔術師として学校で習いましたけど、フェクトさんほどの実力者と手合わせは流石に……ちょっと」
「何をバカなことを言ってんだ、アイツを守りたいんだろ、その程度の覚悟で強くなりたいと言ったのか?」
セイレの表情は暗くなり、何か言い出そうとしているようだが、完全に萎縮している。
それでも覚悟を決めたのか、俺の方を向き直すや否や、ハッキリと言葉を口にした。
「手合わせお願いします! フェクトさんが驚くような強さを見せます」
「随分と大口を叩くね、俺は結構好きだぜ」
そうして、互いに距離を取り、手合わせが始まった。
「インフェルノ!」
杖を取り出すと同時に魔法を発動。勢いは良く、魔力が強く込められているのがわかる。
まるで自分の情熱を魔法に込めているかのようだ。
「ファイアーウィップ」
インフェルノを軽くいなすと同時に、炎の鞭が飛んでくる。
「――あぶね! その魔法、使ってる人初めて見たかも」
ファイアーウィップ――その名の通り、炎の鞭である。杖を魔法で形状変化させ、中距離からの攻撃を得意とする魔法。
他にも移動手段で使うこともできるが、それを使うならまずほうきで飛んだ方が断然早い。
「どうしてその魔法を使ったの?」
「単純に好きだからですよ、こんな鞭で魔物を叩けたら楽しいだろうなって思って」
一瞬、背筋がゾワッとした。魔神でもこんな思いをするのだと、初めてわかった。
単純に好きだからという理由だけならまだしも、あんな一言を加えられたら誰だってそう思うかもしれない。
それにセイレのファイアーウィップは使い慣れているように感じた。
「私の魔法、これだけではありませんからね」
セイレはほぼ最初からトップスピードでこちらへ向かってくる。持ち前の武術センスを活かし、動きに迷いがない。
「インフェルノ・ビット」
ウィップはインフェルノを全て叩き落としていく。先ほども思ったが、扱いが妙にリアルで上手い。
「聖なる刃」
ライトニング!? あの時見た時よりも格段に精度が上がっていた。
今の魔法は、一切の迷いなく放ってきている。
「人間は少し見ない間に成長するんだな、でもバレているぞ」
セイレの顔は一瞬歪む。でもそんなこと気にしていないかのように話しかけてくるが、動揺は隠しきれていない。
その証拠にライトニングは、本人の意思とは別に分解していた。
「ホーミングスタイルだったのだろう、それで俺を倒せると思ったか? そうでは無いよな、自分の実力以上に魔法を発揮しようとしているだけだな」
図星だったのか、先ほどまで精度の良かったウィップ攻撃は途端に崩れていく。
まるで、最初の時を思い出すかのように。
「一旦白紙としよう」
俺は手を叩いた。
次の瞬間には、セイレ自身、魔力の強制終了から生じる痛みに地面に倒れ込み苦しんでいた。
地面をのたうち回ってどうにかして逃れようとするが、それはできない。
悲痛な声が漏れ出し、俺と目が合ったと思えば鋭い目つきで睨んでいた。
「実力に合った攻撃をしなければ、体は悲鳴を上げる。それぐらいわかって居たはずだ、それをしなかったセイレが悪い」
「な、なんでそんなことを、言われなくちゃなのよ」
確かにセイレの言う通りかもしれない。だがそんなことどうでもいいことだ。
「魔法って言うのはな、こういうことを言うんだよ」
俺はファイアーウィップを生成し、セイレに叩きつけた。セイレは、より悲惨な声を上げ、痛みに苦しんでいる。
だがそこまでは痛くないはずだ、なぜなら俺は薄い結界をセイレに張り巡らせている。
「精神的なダメージも魔法の一環だな、今まさにセイレが味わっているのは、精神的なダメージの方だ」
肉体的のダメージはほとんどない。それでもあそこまで顔を歪ませているのは、目から見える情報が凄まじいからだ。
この魔法は、肉体的にも精神的にもダメージを負わせるには充分な魔法と言える。
それを今までは使う側だったのが、使われる側になると考えたら、頭はパニックを起こし精神を麻痺させしまう。
「セイレ、魔法ってのはお前が思っているより奥が深い。それでも魔法を使って成長したいなら、また明日来い」
そう言って俺はその場を後にした。
……
「随分と荒いことをするんだね」
フェクトはまるで最初から知っていたかのような顔をしながら、私を見る。
「それがセイレにとって必要なことだからな、それに何より魔術師として強くなりたいなら、こういうことも知っておくべきだ」
「フェクトってそういうところ手厳しいよね」
「アリアには言われたくないけどな」
「それもそうだね、私の方が結構ひどいことしてるね」
そうして私は、アラタの元に向かう。春の平原はほんとに心地よい風が吹く。
見えてくる人影、遠目から見ても怒りという感情を爆発させている。
近づいて確かめる。アラタの顔は予想通り怒りに満ち溢れており、今にも私を殺しそうな勢いだ。
「君がそうしたいならそれで結構、どっからでも掛かって来なさい」
「セイレにあんなことをしたんだ、お前らを俺は許さない!」
この少年はまだ気が付いていない、それが必要なことだってことを……。
 




