455話 弔い合戦
おっさんは軍隊から逃げるかのように去っていた。それほどまでに、おっさんから見ても厄介な相手なのだろう。
「私たちはこのまま残るよ、ここで逃げても私たちも不利になるだけ」
「それは良いけどよあのおっさん、こんな街中で襲ってくるなんて何を考えているんだろな」
「それはわたしも思った、わざわざこんな目立つような場所でするメリットがないニャー」
いや、それは違う。あの時私を殺せれば彼は一躍時の人となったことだろう。それに、こんな街中だからこそ意味があると考えた方がいい。
「すみません! 襲われたのはあなた方で間違いないでしょうか?」
軍の装備に身を包んだ若き兵士が話掛けてきた。私はハッと我に返り、すぐさま首を縦に振った。
「って剣聖少女様ではありませんか!? あ、失礼。取り乱しました。ここでどういった被害があったか教えてもらえますでしょうか?」
私は起こった出来事を全て話す。若き兵士もメモを取りつつ、私の話を親身に聞いてくれた。
一通り私が言い終えた頃には、何ページにもわたってびっしりとメモを取り、書き終えたのか兵士は口を開く。
「まさか剣聖少女様を襲うなんて……それに昼間の酒場とか、犯人は何を考えているんだ?」
困惑した顔をしながら、犯人の考えを探っているがわかる。
そうして、何かを思い出したかのように顔をハッとさせた。
「あ、申し遅れました! グルメルです、以後よろしくお願いします」
兵士として厳しく育てられたのだろう。お辞儀する姿も様になっており、空気が変わったのを感じる。
「私はアリア、使い魔のフェクトと獣人族のナズナよ」
「剣聖様、今後についてなんですけど、軍としても今回の一件、見過ごすわけには行きません」
「その辺はわかってるわ、解決するまではここに居るつもりだし」
本当は、ここから立ち去るのが良いのだろうが、私が逃げた所でアイツは他の場所で現れる。
その際、この国は大バッシングを受けることになるだろう。それを避けるには、私たちを止めてここで終わらせるというのが一番手っ取り早い。
「ご協力感謝致します! それで、軍としてはあなた方の警護に就きたいと考えています」
「テレパシーで全て情報を共有してるのね、それはかえって目立つことになるし、より一層犯人を刺激するかもしれないわよ」
その時だった。頭の中に響き渡る年老いた声。それがどういった人物なのか、すぐに目星がついた。
(剣聖様、この軍で軍隊長を務めております、ガードンです。剣聖様の仰ることはごもっともなのですが、これ以上被害を増やさないためにも、ここは我々の案に賛同してはいただけないか)
(でも、犯人は今後兵士たちも襲うかもよ。私と戦うなら、誰かを傷つけた方が、戦闘できる可能性が高いと思っているかもよ)
(我々の軍は剣聖様やそのお仲間には到底敵いませんが、それでも強いです!)
ハッキリと言い切るあたり、彼らを信頼しているということだろう。ただ、そうだといってもそれを容認することは私にはできなかった。
そんなことをすれば、私もこの国も大バッシングの餌食となるであろう。そんなことになれば、私はどうにでもなるとしても、この国は衰退してしまう。
(やはりそれでも容認はできません。この戦いは、私たちと犯人との戦いですから。どうしてもというのであれば、こっからは自己責任でお願いします)
そう言って私はテレパシーを切る。まさか、こんなことに巻き込まれるとは思いもよらなかった。
この状況で、アイツは今後どんな行動に出る? 情報がない中で、私たちができることは少ない。
「二人とも、とりあえず宿屋を探すわよ。それとグルメル、死にたくなければ一人で行動しないことだ。誰か複数の仲間を呼ぶといい」
「ちょ、ちょっと待って下さい! テレパシーで話は聞いていましたが危険です!」
「今はおそらく、あなたの方が――よっぽど私たちより危険だから」
グルメルはここまで言っても、まるで理解を示そうとはしなかった。
ここで狙うとするならば、絶対にグルメルだ。それを餌に私を釣ろうとしているのが嫌でも頭をよぎる。
「アリア、宿屋探しは俺たちが行っておくからグルメルを送ってやってくれ」
「その方がいいニャー!」
私は二人に言われるがまま、グルメルを連れて彼が勤務する軍の施設へ向かうことになった。
空に飛び立ち、これで両者共々逃げ場はない。ここで襲うほどアイツはバカではない。
それに、あの戦い方は完全に私。剣士としての戦い方じゃなければ、アイツは戦いに打って出ることはないだろう。
そうして何ごともなく、私はグルメルを送り届ける。そして、軍もまた動き出そうとしていることに私は気が付いていた。
「自己責任って言ってるけど、本当に理解しているのかしら? あれでは、もろに殺してくださいと懇願しているようなものなのに」
そうして事件が起こったのは、それから二日経った朝のことだった。
兵士の一人が何者かによって殺されたのだ。凶器は刃物。体をバッサリと斬られており、即死。
「ほらね、言わんこっちゃない」
「夜中も俺たちを監視してたしな、交代して帰っている所を狙われたんだろうな」
事件が起きたのは、早朝。まだ暗かった頃の犯行であり、突然現れ、そのまま斬られたと新聞には載っていた。
犯人の姿は暗く見えなかったが、大まかな体格で男性なのは間違いないだろうということだ。
「これってさ、今後どんな動きになると思う?」
「おそらく弔い合戦だろうね、躍起になって探すだろうし、私たちの警備もある程度厳しくなるかも」
「見られてるのは落ち着かないニャー!」
それはナズナの言う通りだ。私もフェクトもぐっすり眠れているが、寝ていても頭のどこかで気配を探り続けている。
「とりあえずはね、今日はこのまま街の中を散策するわ、そのついでに事件現場に立ち寄る」
ここで来てくれたら楽なんだろうけど果たしてどうなることやら。
そうして私たちは朝食を終えて、街に繰り出すのであった。
 




