446話 正論パンチ
一人、丘の上で過ごしていると、二人がどうやら目を覚ました様だ。
先ほどまで静かだった気配が、一気に跳ね上がる。そうして、すぐに二人はテントから出てきた。
「アリア、もう起きていたんだな」
フェクトは、私の顔を見るなりそんなことを言ってくる。そうして、フェクトは続けて口を開いた。
「それにしても朝から魔族と一戦交えるなんて、運が良かったな」
どうやら気が付いてて眠っていたようだ。ナズナの方を見ると、驚きに満ちた顔でフェクトを見ていた。
「どうして起こしてくれなかったの? 私だって戦いたかった!」
ナズナは私にしがみつき、体を左右に揺さぶってくる。朝から激しく、ご飯を食べる前で良かったと思ったのは内緒である。
「離れろ! アリアだって困ってるだろ、あんなにバチくそ音を立ててやってたのを、気が付かずに眠ってたナズナが悪い!」
正論パンチがナズナの顔面に飛んでくる。容赦のない一撃は、まさにフェクトらしいと言えるだろう。
それに、あの魔族はそこまで強い部類ではなかったことは確かだ。
それでも、あんなことをやったのだ。あれは到底許されない行為。
「でも、あの魔族はそこまで強いってわけじゃなかったんだろ? ここの草木の生命を奪った所で、何の意味もないからな」
それを気が付いていた上で、コイツは優雅に眠っていたと考えると、少しばかり苛立ちが隠せなかった。
それに気が付いたのか、ナズナが私たちの間に入る。
「二人とも落ち着くニャー、ここで争った所で終わったことは変わらないニャー」
なぜだろう? こんなにも正論気味た一撃が飛んでくる。いつも以上に、疲労が溜まる朝なのは間違いなかった。
「そんなことより、どこに行く? まだだいぶ国までは時間が掛かるだろ」
「でも、そんな悠長に旅は続けられないわよ」
もうすぐ大寒波がやってくる。ダイナール大陸が雪に覆われ、寒い日常がすぐそこまで迫ってきていた。
「それもそうだな、それより朝ごはん食べようぜ」
ぐぅ〜〜勢いよく三人の腹から聞こえてきた。朝からあんなことをしたんだ、相当お腹が空いているのは当然である。
「わたしが簡単に作るから任せておくニャー!」
そうして、張り切って作るナズナ。いつものナズナなら、フェクトに押し付けるのにどうしたんだろうと少しばかり思ってしまう。
そんなことを考えていると、時間は十五分程経過しており、目の前に置かれたのは目玉焼きとパンである。
そして付け合わせ、ウィンナーというとてもシンプルなものであった。
「張り切っている割には、随分と簡単な料理にしたんだな」
フェクトの声は、誰かをからかうような感じであり、どんな反応を示すのか、心待ちにしている声だった。
「何を言ってるニャー? 朝ごはんなんてこれぐらいがちょうど良いでしょ」
思いっきりの正論である。本当に今日はどうしたのだろうか? 正論な意見が幾度となく飛び交っていた。
いつもならこんなことはありえないはずなのに、どうしてだろうと私は不思議に思う。
「アリアはさっきからどうしたの? ずっと考え事をしている様だけど」
「ちょっと気になることがあっただけよ」
何かしらの魔法かもしれない。そんな考えが頭を過ぎる。ただ、そんなことをするメリットがない。
それに何より、全くもって攻撃と呼べるものではない。精神的なダメージを狙っているにしても、随分と甘い。
本当に何が起こっているのか、見当もつかなかった。
「それより早く食べよ!」
ナズナ声にハッとしつつ、私はパンを一口噛んだ。外はパリッとしており、中の生地はふわふわでなんとも美味しい。
フェクトの顔を見ると、とろけてしまいそうな程に顔が崩れており、自分の世界に入り込んでいた。
隣に座っているナズナをチラッと確認すると、いつも通りな仕草でパンを頬張っていた。
「今日はこれからさ、一気に進めたいんだけど良いかな?」
「それで良いと思うけどさ、でも今日は随分と天気が悪くなるみたいだぜ」
フェクトが空の方に指を指す。先ほどまでとは打って変わって黒い曇りが一気に出てきている。
「随分と大きいね、これはだいぶしんどい旅になりそうね」
「それもそうだが、雷も来そうだ」
フェクトは「それがどういうことかわかるような」と、言いたげな顔で私を見ていた。
そんな顔をされなくてもわかっている。どうせ、国に着いたらたらふくパンを買う金をせびってきている。
「フェクトだけずるい! わたしだってパン代ほしい!」
「これは今からの対価なんだよ、それにナズナはいつもアリアの背中で気持ちよさそうに寝息を立てて眠ってるだろ!」
また正論である。何が起こっている? 本当におかしい、そんなことを考えていると、突然後ろから気配がした。
「何なんじゃお前らは! 正論を言い合って仲違いさせようと思ったのに、どうしてまだ普通に喧嘩ですんでんじゃ!」
なんかよくわからないけど、解決きたー!! そんな思いが口から溢れ出そうになる。それをグッと堪えて、私は犯人を見た。
「あれってもしかして魔女?」
何ともしょうもないことをやっているんだという感情と、初めて見る魔物に少しばかり興奮を覚えていた。
「そんなバカみたいなことをしてたのかよ、もう少し、マシな魔法を使えよ」
フェクトにまで魔法が効いていることがよりわかる。魔女自身も何も言い返せずに黙り込んでしまう。
「それよりここは私にやらせて! 魔女と一戦やってみたかったの!」
「まぁ良いけど、多分あの魔女、相当弱いぞ」
図星を突かれたのか、目を逸らす魔女。それでも私の興味が尽きることはなかった。
そうして、真剣を鞘から抜くと同時に、大きく飛び上がる。
「ご老体がそんな下を向いてばかりだとしんどいでしょ、だから同じ目線にしてあげた」
殺気が剥き出しとなった刃は、魔女の首を一瞬にして刈り取った。魔女の目に一瞬の恐怖など感じさせない。
そのまま、結界すら容易に破壊し、そのまま地面に落ちていったのだ。
「本当に弱かった、残念、今度はもっと強くなって会いにきてね」
そうして、私たちは大雨が降り頻る中旅を再開させたのであった。
 




