425話 悲惨な出来事
「魔法界管理者イデリアです。領主様、いらっしゃいますよね、手荒な真似はしたくありません。大人しく出てきてはもらえませんか?」
私はなるべく優しい口調を保ったまま言った。正直、そのような言葉で出て来てくれたら早い話なのだが、実際はそう上手くはいかないものだ。
「誰がそんな言葉に応じるものか! この国が発展できているのも全て、観光地として登録されているからだ!」
「そのせいで住民の疲弊、景観が悪くなり治安も悪化しているようですが、それでも構わないのでしょうか?」
さっきまでの怒鳴り声は一切聞こえなくなった。不都合なことには答えるつもりはないと言うことだろうか。
なんとも救いようがない存在だと、心底呆れてしまう。それでも、私は口を開いた。
「あなたには出て来てもらわないと困ります。それでも出てこないのであれば、こちらも実力行使といたしましょう」
それでも誰も出てこようとはしない。それどころか、中でナニカ良からぬことをしているような気配を感じ取る。
殺意が気配と一緒に漏れ出していた。
「ウッド、実力行使の実行を許可するわ、暴れてしまっても構わないわよ」
チラッと横目でウッドを見ると、口角は上がっており魔法を放つ直前だった。
「ウッドハンマー!」
玄関のドアは跡形もなく消え去り、中に踏み入ると魔弾トラップが発動された。
「侵入者用か、流石は最近の成り上がりしている成金だな」
ウッドは手を叩く。一瞬にしてトラップは使い物にならない物に変貌する。
「君たちがどんなことを起こそうが、俺たちの前では不可能だ」
魔物へと変貌したであろうお手伝いさんが飛び出してくる。
なんとも酷い。そう心の中で私は思ってしまった。こんなことをしてまで、あの法案にはそこまでの魅力はない。
なんともやめ時を見失ったギャンブラーのようだ。
「そんな末路、私が絶ってあげるわ」
飛び出して来るキメラに向けて魔弾を放つ。一瞬で終わらせてあげられるように、一切の容赦はしなかった。
「管理者としてこんなことを命令したお前を許す気持ちはない。今すぐ、私の目の前に姿を現せ、これ以上罪を重ねることは決して許しはしない」
涙を流すキメラを頭に向けて魔弾を当て、顔面を吹き飛ばす。
他にも掃除道具を持ったキメラなんかも多数いた。
「早く出て来い! 様もなくば、この国を地図から消すことになるわよ」
これはハッタリなんかではない。私が本気を出せば、それぐらいのことはできる。
それだけの強さを私は持っている。それをわかっているからこそ、あんなことは言わないように生きてきた。
だが、この領主に対して私はブレーキなんて効かなかったのだろう。
だからこそ私はあんなことを言ってしまったのだ。
「そ、それだけはやめてくれ! ここには俺の両親も住んでいるんだ、そんなことをすれば管理者様だって、ただでは済まないはずだ」
ようやく出てきた男は、青ざめた表情を浮かべ懇願してリ二階の自室から飛び出して出てきた。
「訳わからないことを言っているの? 私は管理者よ、何をしたって許される権限を持っている、あなたとは違ってね」
絶望した顔がなんとも腹立たしい男だ。
自分が蒔いた種が、自分の範疇よりも育ってしまい、どうすることもできなくなった男が生きて、なんの罪もない彼女らが死ななければならなかったことは本当におかしい。
「管理者として言うわ、本日付であなたを領主の名を解き、捕縛するわ」
「やめてくれ……俺の……俺の存在価値を奪うな!」
何かがプツンと切れた音がした。何度も頭を擦り付けて懇願する男を思いっきり蹴り上げ、そのまま地面にひっくり返る。
「何をバカなことを言っているのかしら? あなたはさっさと法案を手放すべきだった。それをお金に目がくらみ、最後はこんなことをしたんだ。誰が許してくれるって言うんだ?」
涙を流し、そのまま天井を見つめながら倒れる男。もう全てを失ったのだと自覚してか、その後はおとなしかった。
「ここは私たちが引き受けますので、イデリアはゆっくりしてて」
フレリアはウッドと共に、男を捕縛してそのまま出て行った。
そうしてこの国の騒動は終わりを迎えていく。
「イデリア、大変だったみたいね。外まで聞こえていたわ、とりあえずイデリアは外で休んでて」
アリアは優しい口調で言う。アリアは、返り血で全身汚れているが、そんなことには気にも留めずに中を探索し始めた。
「誰か居ませんか? もうすでに決着は付いています、大人しくご同行にご協力お願いします!」
一階奥の、キッチン室から料理人と思われる人やら結構な人数が出てきた。
全員、恐怖で顔が歪みなんとも言えないほどに萎縮している様子なのが伝わってくる。
「皆さんその手に持っているものを離して下さい、あなた方は罪には囚われません、むしろ被害者です」
ボトボトと落とされる『マモノカエール』たち。おそらく領主から無理に持たされた物だったのだろう。
肉壁にでも使うつもりだったのが見えみえである。殺気を纏っていたのも、ここにいる人たちに向けたものだっただとわかる。
「とりあえず外に出ましょう」
そうしてこの屋敷には、私一人が残される。
なんとも静かだ。外はガヤガヤとしているはずなのに、そんな声は聞こえてこなかった。
私は悲惨な姿になりかわった家を歩いていく。一階、二階と見ていき、廊下には変貌してもそのまま死んでいる死骸なんかも転がっていた。
「私が無理矢理にでも入っていれば、これは防げたのかな」
後悔が私を襲ってくる。水を得た魚のように、私の心を蝕んでいくような後悔が、頭いっぱいに広がり私を壊していく。
そんな時だった。
「イデリア! 外に出るニャー」
強引に引っ張られ、途中からお姫様抱っこで駆け出すナズナの姿が目に映った。
「あんな所に居たらダメにゃー! 今の状況であそこに居たって、心を壊すだけ」
ナズナの体はお日様のように暖かく、私を包み込んでくれる。そうして、そのまま私は眠りについてしまうのであった。




