417話 悲鳴
古びた宿屋の前で立ち尽くす私たち。ナズナは、ポーションのお陰もあって今は、私の背中でぐっすりと眠っている。
私とフェクトは顔を見合わせ、ほぼ同時に口を開いた。
「入ってみるか?」
一瞬、何が起こったのかわからず、呆然と顔を見合わせたまましばし沈黙。
そうして、私たちは遅れて、ようやく驚いた顔をする。
「じゃあ、俺から入るわ」
フェクトは、少しばかり足早で入っていく。私たちも続けて入ると、出入り口の前にはお年を召したご老体が杖をついて立っていた。
「ようこそ、お越しくださいました。この度は、この国を救って下さり誠にありがとうございます」
その言葉と同時に、彼女は驚くほど綺麗な所作で、深く頭を下げた。
私たちが呆気に取られていると、奥の扉がガラガラと開き、一人の若い女性が足早に出てきた。おそらく、孫娘だろう。
「おばあちゃん、剣聖様がびっくりしてるでしょ、こんな出入り口の前で立っとらんと受付席に座っててよ」
「何を言っとんじゃ……剣聖様はこの国を救って下さったのじゃぞ、それを偉そうにあんな所で座って居られるか」
私たちは顔を見合わせ、苦笑することしかできなかった。
「ほらおばあちゃん見てみ! 剣聖様たちも困ってるやん。だから私が対応するって言ったのに」
「何を言うかと思えば。ここは女将として対応する方が良いのよ、あなたは早く奥で書類整理でもしてなさい」
口げんかをしていた二人も、フェクトの咳払いひとつでハッとして、ぴしりと姿勢を正した。
「大変お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」
「本当に申し訳ございませんでした」
私が呆気に取られていると、フェクトは口を開いた。
「それは大丈夫なんだが、ここの宿は空いているのか?」
若い女性――孫娘が一歩前に出て、明るく笑顔で答えた。
「もちろんです!」
あまりにも元気な返答に、フェクトは少し目を見開いていた。
そんな時だった。
「忘れていました。私、この宿屋で女将見習いをしています、アゲハです」
「私、この宿屋にて女将を務めております、ツルです、以後お見知りおきを」
確かにすっかり彼女たちは、喧嘩に夢中になっていて名前を名乗るのを忘れていた。
「改めまして剣聖の称号を持つ冒険者兼旅人のアリアです」
「アリアの使い魔をしているフェクトだ。そして、アリアの後ろで眠っているのが獣人族のナズナ」
そうして手続きを済ませ、私たちは各自の部屋に行くことにしたのだった。
ナズナはぐっすりと眠っており、まだ起きそうにない。
部屋は、古い外観とは裏腹に、客室は比較的に新しいのが多い。
おそらくリフォームをしたのは、孫娘の方であろう。
「とりあえずナズナはベッドに寝かしつけたし、私も自分の部屋に行こうかしらね」
廊下に出ると、フェクトの入った部屋から物音が聞こえる。
どうやら壁がそこまで厚くないようだ。ただ、寝て起きるだけと考えたら、特段何も問題はない。
そうして、扉の鍵を開け、自身の部屋に入る。作りはシンプルだが、やはりここも新しい家具が置かれていた。
まだ来て日が浅いのか、まだ違和感が少しばかり拭えそうにはない。
「それにしても、この国は本当に大丈夫なのかしら? どう見てもここの部屋にあるものは全て急ピッチで仕上げられたものみたいだし」
この宿屋がどうして、こんな待遇を受けているのかなんとなくだがわかった気がする。
それでも、ここに訪れた以上、私は“剣聖”としてやれることをしよう。
扉を開け、フェクトの扉をコン、コンと音を立てて呼んだ。
「どうしたんだ? どこか出かけるのか」
「そうだよ、ちょっとこの国を見て回ろうと思って」
フェクトは少しばかり困惑した表情を浮かべながら、口を開いた。
「ナズナが起きてからではダメなのか? せっかく回るんだったら、三人で見て回ろうぜ」
「それもそうなんだけどね、一つ気になったことがあってさ」
不思議そうな顔をするフェクト。そう思うのも無理はない。フェクトからしてみたらどうでもいいことなのは、言う前からわかっている。
「観光客増加による悪影響がだいぶ感じられたんだよ、それの現地調査的なやつをやりたくて」
「確かにな。大通りは王都並みに混雑した感じだもんな。興味はあまり湧かないけど、手伝うわ」
そうして私たちは階段を降りて玄関から出た。とりあえず現在地を確認するべくマップを展開した…‥が、その瞬間、思わず声を上げる。
「どうなってのこれ?」
「こりゃまた入り組んだ道だな。まるで迷路だ」
「いや正真正銘の迷路でしょ。こんなのほうきじゃなきゃ、めんどくさいにも程があるでしょ」
フェクトはその言葉に頷いた。そして私は今立っている場所にピンを立て、目印をマップに反映させた。
そうして私たちはほうきで飛び上がり、とりあえず行く場所もないので、ギルドを見に行く。
「それにしてもギルドのはずなのに、大通りからは外れた所にあるんだな」
「それは確かにね。でも、何かしら不利なことは受けていないと思うし、他に原因があるのかも」
ギルドにたどり着くと、やけに静けだった。それどころか、建物の中にも人の気配はほぼ感じられない。
観光地であるこの国が、そんな扱いをしていたら何かしらあるはずだ。
そんな話は一度も聞いたことがないため、本当に何かしらの原因があるのだろうか? 謎は深まるばかりだった。
「ごめんください〜」
ドアを開け中に入ると、受付にすら誰も立っていない。それどころか、営業しているのか疑いたくなる。
「誰か居ないのか?」
フェクトも声を出すが、しーんとしたギルド内に私たちの声が響くだけだ。
「でも気配はあるよ、受付の奥、事務所スペース」
その時、その気配はこちらにゆっくりと向かってきている。
次の瞬間、気配が消えたと思えば私たちの目の前に立っていたのであった。
「ギャァァァ!!」
私たちは体をお互いに抱き合わせ、悲鳴を上げたのだ。




