412話 おかえり
突風、吹き荒れる風の中、その魔物は私の前に現れた。その圧倒的な存在感を放つ魔物は、風の鎧を身にまとい、まるで「精霊です」と言わんばかりの顔をしていた。
見た目は、新緑色であり外見は女性の様なもの。一丁前に、胸などの大事な部分は、風の鎧でガードしている様だった。
「あなたが何者か知らないけど、ここで私の前に現れたってことは、殺される覚悟があるってことよね」
問いかけるがその魔物から返答はない。ジッとこちらを見つめるだけで、何もしようとしない。まるで、先ほどのオーガを見ている様だ。
「あなたがその気なら私は好き勝手やらせてもらうわね。それで死んでも恨むなんてことをしないでよ!」
地面を蹴り上げ一気に飛び上がる。剣を突き出し、一気に決めようとするが、そう簡単には上手く行かないらしい。
風を巧みに操り、ことごとく剣の威力を相殺してしまう。あと一歩で攻撃が届きそうな所なのに、何とも歯痒い状態が続く。
どんな攻撃を繰り出そうとも、彼女の鎧をどうにかしない限りは、私の攻撃は無意味ということだろう。
「上等じゃない! この私にそんな感じで挑むなんて随分と肝が据わってるわね。そんな戦い方で私をどう攻撃してくるのか楽しみだわ」
口角は完全に緩みきり、自然に笑顔で話していた。
今の所、彼女は反撃に転じる様子はない。風を操ることに集中しているのか、その場から動く気配もない。
そんな時だった。あんなにも暑かった日差しは一変し、豪雨が降り注ぐ。
あまりの変化に私は思わず、驚いた様子で周りを見ていた。そんな雨にプラスして、ゴロゴロと鳴る。
「こんな所で雷なんて絶対に嫌だけど……でも逃がしてくれるとは考えにくいんだよな」
その言葉を裏付けるかのように、彼女は私から一切目を離していない。
それに何だか、少しばかり強さが増した様な気がする。
「アリア油断するな! 攻撃が飛んでくるぞ」
フェクトの叫び声で私は彼女を見る。フェクトの言った通り、彼女はいつの間にか攻撃モーションに移っていた。
「サイクロン」
微かに、片言な言葉が聞こえてくる。その瞬間、私の真下から飛び上がる瞬間の龍の如く、サイクロンが私を襲った。
「――がぁぁっ!」
地上から遥か高くに打ち上げられた瞬間、悲劇が私に襲う。
腹部から一気に全身に痛みが生じる。そう気が付いた時には、すでに地面に叩きつけられたあとだった。
「アリア!!」
フェクトが私の名前を叫んだ。だが私は、それに応えることはできそうになかった。
全身が痺れ、痛みで意識は朦朧としている。まるで、最初からこうして私を殺すように仕組まれていた様にも思えた。
「たかが魔物風情がアリアにそこまでして良いと思うなよ!」
地面にナニカが叩きつけられ、その直度もう一度地面に叩きつける音が聞こえてくる。
その音のおかげなのだろうか。私は何とか意識を保っていた。
「アリアしっかりするニャー! たかが魔物に殴られた程度ニャー、死ぬような怪我ではないよ」
優しい声が私を包み込むかのように、聞こえてくる。ポーションが全身を駆け巡っているのを感じる。
痺れていた体、痛みで動けそうになかった体。それが嘘のように引いていく。
「助かったよ、まさか追加で現れると思ってなかった」
何とか体を起こし、ナズナの介助ありきで立ち上がる。そして、フェクトは魔物をひたすら殴り続けていた。
風の鎧など意に介さず──馬乗りになって殴っている。
そんなフェクトを引き剥がそうとしていたのは、全身黄色の少年のような見た目の魔物。
引き剥がそうと必死に引っ張っているが、全くビクともしておらず、何だか可哀想になってくる。
ドシドシと殴る蹴るをするが、そんなことに興味も示そうとせず、ひたすらフェクトは風の魔物を殴り続けていた。
「ヤメロヨ、ヤメテクレ」
そんな言葉がフェクトに届くはずもなく、ひたすら殴り続けるフェクト。
仲間である私たちでさえ、近づくのですら勇気がいるほどだ。
それでも私は歩き出し、雷の魔物を払いのけ、フェクトの肩を触った。
「もう充分だよ、もう離して」
優しく言うが、それでも止まろうとしない。これも全て私が原因のことも分かっていた。フェクトの倫理的なナニカが吹っ飛んだのもわかる。それでも私は、フェクトの拳を止めた。
こちらを睨みつけるフェクト。私が誰だか理解できていないのか、今にも反撃を繰り出して来そうな雰囲気を醸し出している。
「フェクトもう終わりだよ、私はこの通りピンピンしているからそこから早く退いて」
「……」
無言のままこちらを見てくる。両腕とも、今は私が抑えているが、凄まじい力でそのまま押し切られそうになってしまう。
「フェクト私を見なさい! 私が誰だかわからないの?」
より険しい顔でこちらを見てくるフェクト。それに伴い、相当な力で振り解こうとしているのもわかる。
「正気に戻した方が良さそうだね」
腕をパッと離す。その瞬間、少しばかりバランスが危うくなった所を、頭を後ろに引っ張り下ろした。
悲痛な声を上げるが、どうやらまだ正気には戻っていないらしい。
顔面に一発、拳を打ち込んだ。それでも正気には戻っていないらしい、そうなったらやるべきことはただ一つだ。
「剣聖たる所以の一撃、仲間を正気に戻すため、そのためならば覚悟はとうにできている。剣聖剣技・正突」
今日一番と言って良いほどの声を出すフェクト。それでもまだ正気には戻っていないようだ。
「いや、戻ってるから! ナズナ、アリアを止めるんだ! このままだったら俺は殺されかねないぞ!」
「そっちの方がイチャイチャできるからな〜どうしよっかな?」
「そんなバカなことを言ってないで早く助けてくれよ! アリアの目がガチなんだよ」
フェクトはナニカを叫びながらその場から逃走を図るが、全くもって無意味に近い。
「何逃げようとしているの? まだ正気に戻っていないんだから早く正気に戻らしてあげないと」
「変な扉をあけんじゃねぇ! 俺が悪かったから許してくれ、アリア!」
そんな言葉がアリアの足を止めさせた。そうしてにこやかな笑顔でアリアは言うのだ。
「おかえり」




