391話 ドワーフの里での物語 完!
その日の朝。私はほとんど眠ることがなく、ドワーフの里を歩いていた。
二人やイデリアは相当動いていたのだろう、未だに眠っているようだ。
「剣聖様! そんな所で何をされているのですか?」
可愛らしい声が背後から聞こえてくる。すぐにそれが誰か、私はわかっていた。
私は振り返り、その顔を確認した。
「コトミ、もう起きていたの?」
「はい。剣聖様、ボク王都に行こうと思って!」
突然の発表で私は目を見開いて驚きを隠せずにいた。昨日までは、そんな素ぶりなど一切見せていなかった。
それもあって、自分の予想を遥かに超える驚きを見せてしまっていた。
「急にどうして? まだこの里で修行でもするかと思ってたけど」
「あの二人が言ってたんですけど、剣聖様には攻獣、守獣がいるんですよね! そんな人たちと戦って見たくなりました」
確かにコトミの今後のことを思えば、その判断は正しいだろう。だが、この里がなくなれば。その損失は計り知れないものとなる。それを考えてしまった私は、おそらくすぐに賛同は出来ないことを察した。
「それはいいと思うわ。ただ、私はまだ少しばかりはここにいる方が良いと思っているわ」
「それは、この里のことを思ってのことですよね」
顔に出てしまっていたのだろうか。そんなすぐに核心を突かれると思っていなかった私は、正直に言って動揺が隠せそうになかった。
「その動揺、やっぱり図星なんですか? この里は、そんな簡単に滅びないと思いますけど」
「それはそうかもしれないわね。ただ、それは君の功績も大きかったんじゃなくて?」
私はコトミの意志を、折るかのような言葉を投げかけてしまっていた。
それで、コトミが折れてしまうのならそこまでの存在だったということ。
私は、ジッとコトミを見つめる。そして急かすかのような言葉を捲し立てた。
「それで答えは? いつまでも待ってもらえると思わない方が良いと思うわよ」
「確かに大きかったと思います、でも剣聖様も同じことですよね」
「言われてみればそうね、私がほとんどの魔物を斬殺したっていても過言ではない。でも、それとこれは話が別よ」
コトミは嫌な顔をする。その顔は、私との間にあったはずの友情関係の崩壊を知らせるような顔だ。
そんな顔をされた所で、私の考えは変わらない。コトミが、彼自身が選ばなければならないのだ。
「それで答えは決まったかしら?」
「ボクは、王都で冒険者になろうと思います。それに冒険者になった方が、ボクはこの里も守れそうですから」
「そう、それなら彼らに私の名前を伝えなさい。そしたら、力になってくれるわよ」
コトミは、武術の構えになった。まるで私ともう一戦してほしいと体で訴えかけているようだ。
「今度は剣聖として相手してあげるわ、そっちの方がコトミも気分が良いでしょう」
そして、私たちは少しばかり離れた場所にある道場の中で勝負を始めたのであった。
「コトミ、私に見せて見なさい! 私が全てを打ち砕いてあげるから」
激しくぶつかり合う木剣と拳。触れ合っただけでわかる、圧倒的な強さ。
互いにそんな感情を受け取りあったのか、顔は不敵な笑みを浮かべていた。
「そんなもので私が満足するなんて思ったら大間違いなんだからね!」
「こんなのまだ準備運動です! ボクの強さはそんな簡単に見定められてたまるか!」
木剣では受け止めることすら難しいような一撃。ただ、その程度では、剣聖たる私に対しては一向に意味などない。
力の流れを変えるように、剣で綺麗に捌く。
力の流れが変わった時点で、離れなければならない所をまだ気が付いていない。
「まだまだ、私には程遠いわよ」
腹部に思いっきり蹴りを入れる。その衝撃で、コトミは天高く舞う。
「――ガハッ!」
防御ができなかった時点で、気絶してもおかしくないほどだ。それでも尚、どうやら反撃の一手を生み出そうとしているようだ。
「ドワーフのボクがこの程度で終わるけないわ。ドワーフのタフさ舐めないでちょうだい!!」
あの時と同じ武術。あの二人を一瞬で気絶させた一撃。体が悲鳴をあげている。骨が砕かれていくような音が全身から聞こえてくる。
それでも尚、私は倒れない。
「そんな驚いた様子でどうしたの? あの時の二人は正気を失っているような状況だった。それと今を一緒にしてはいけないわ」
ハッとする顔。その一瞬、完全に力が緩む。それを私が見逃すわけもなく押し返す。
空中では身動きは取りづらい。そのまま、私の餌食となったのであった。
「私の勝ち」
床を突き破って地面に叩きつけられたコトミは、どことなく満足そうな顔で気絶していた。
そして私もまた、全身が痛みそのままその場に倒れるのであった。
次に気が付いた時、私とコトミはこっぴどく怒られたのは、いうまでもない。
「アリア、道場の屋根と床の修繕をやっておいてよ! なんで私が眠っている間にそんなことになるのかな」
「本当に申し訳ありませんでした、調子に乗ってやりすぎました」
私はイデリアに全力の土下座でなんとか許してもらえた。コトミも同じように、長であるテツに土下座で許してもらっていた。
「それにしても剣聖様。ほんとあの頃より強くなったな、今日の昼には出発だろ、俺が剣をメンテナンスしてやる」
「まだ帰らなくて大丈夫なの?」
「それは大丈夫だ、心配せんでもいい。それよりフェクトも双剣を持ってるんだろ、メンテナンスしてやる」
その後、多くのドワーフは仕事なんてそっちのけで私たちの剣を見て、どよめきを見せていた。
そして、とても羨ましそうな顔をされていた。
「じゃあ私は道場を直してくるよ。二人はここにいて」
そして道場に向かうと、コトミが出入り口の前に立っていた。
そして私を見るなり駆け寄ってくる。
「短い間でしたが、ほんとうにお世話になりました。色々なことを教えてくださり、ありがとうございました!」
面と向かってお礼を言われると恥ずかしい私。でも、それに私は答えなればならない。
「私だってコトミのことを知れてほんとうに良かったよ! これから先、どこかで会えたら一緒に冒険しよう!」
「はい!!」
コトミは、満面の笑みで返事するのであった。




