390話 見落としと決着
「ゴリラ?」
先ほどの一斉テレパシーの影響か、それとも殴りつけられた衝撃か、私の目はまるで正常に機能していないかのように感じられた。それだけ、私は目の前の光景に対して、目を疑わずにはいられなかった。
暗闇に包まれた森の中。鋭い赤い目をした魔物がじっと見つめていた。まるで、私が生きているかどうかを確認しているかのように、その目は私に釘付けになっていた。
その巨体な体を素早く動かし、こちらへ向かって走り出してきた。私がまだ生きているということに気が付いたのだろう。
魔物の顔は、まるで「信じられない」といった表情を浮かべるかのように、近づけてきた。そして、首根っこを掴み、私を持ち上げると、ぷらーんぷらーんと揺らす。まるで、ゆりかごで眠らせている赤子のように私を揺らす。
まるで「もう起きるな」と言いたげな顔に、どことなく腹が立ってきた。沸々と湧き上がる怒りの闘志、しかし、ちっぽけな火だ。もう、消えてしまいそうな程の儚い火。
先ほどの衝撃で、私は体がピクリとも動かせやしない。それでも、魔物は私を暴力的に扱うことなく、ただただ、私を揺らし続けていた。
「穢らわしい手を離せ、お前はこの私を怒らせたのだからな」
一瞬にして空気がより重たくなる。動かないはずの体が身震いしてしまうほどに、冷酷な女性の声が目の前から聞こえてきた。
双剣を手に持ち、気が付けば魔物の手は切断され大きく後ろに下がったあとだ。
「私の主人になんてことをしてくれんだい? そんな風に触って良いものなんて、アイツしか居ないんだよ」
地面を蹴り上げ、一気に間合いに飛び込んでいく。それを痛がっている魔物が避けられるはずもなく、最も容易く斬られていく。
悲痛な叫び声すら許されないのか、声をあげようものなら追撃が躊躇なく行われていた。そんな時、とある声が聞こえてきた。
「アリア大丈夫ニャー? 急にテレパシーを全員に使うなんてことをしたら脳が焼き切れて倒れるに決まってるニャー」
「ナズナ……私のことよりもアイツを止めて。フェクトを止めて!」
私ははっきりと力強く叫んだ。このままでは、フェクトは魔神としての力まで暴走させてしまったら、私が斬らなければならなくなる。
それは、今ではない。フェクトとは、そんな決着をつけようなんて私は少なからず思ってなどいない。言葉には、出せなかったが、なんとなくは察したのだろう。ナズナは、すぐさまフェクトを止めに入ってくれた。
「アリアの命令ニャー! そこまでにするニャー」
そんなことなんて知るかと言わんばかりに、ナズナにすら手を出す始末。双剣を巧みに操り、ナズナは完璧に翻弄されていた。
そんなナズナも、私の言葉なんかすでに忘れてしまっている。なぜなら、ナズナは覚醒状態に突入し、本気で殺し合いとも呼べる戦いをおっ始めていた。
激しくぶつかりあう衝撃は、今の私の体では厳しい。衝撃が発生すると同時に、私もあの魔物もダメージを受けていた。
「お二人も何をしてるの? 今はそれどころじゃないでしょうが!」
天から舞い落ちる拳。ぶつかり合っていた二人はそれに対応する間もなく、地面に叩きつけられていた。
「剣聖様大丈夫ですか? すぐにポーションを掛けますから」
だがそれで私は思い知ることになるのだ。このドワーフの里では他の場所では当たり前なことは、ここでは当たり前ではないことに。
いつもならすぐにでも回復するはずが、浸透が遅い気がする。それになんだか、魔力もより弱々しくなっているようにも感じる。
「あともう少しだけ辛抱しててください。この里では魔力自体、あまり自然発生しないため、回復が遅いんです!」
「え!?」
思わず私は声が漏れ出ていた。その瞬間、私は理解した。なぜ、こんなにも私が本調子ではないのかを。それがわかった瞬間、より体がしんどさを増す。
これもここで、派手に魔力を消費したからだろうか。その影響で、ポーションだけでは足りないほどに体が蝕まれていた。
私は悲痛な叫び声を上げる。痛みから逃れるためか、体が自然にのたうち回っている。どこかに分散しないと、この苦しみから解放されなさそうだと、頭に過ってしまう。
「アリアしっかりしなさい! たかが魔力切れを起こしているだけなんだから、そんなに大袈裟にしない」
イデリアのなんともキツイ言葉が飛んでくる。それにイデリアは結界を貼り、そこに魔力を充満させた。その影響もあってか、すぐに痛みは引いていく。
それどころか、怪我す治っていた。
「もう立てられるわよね、とりあえずあとで確認はするけど、里の中以外であんな大胆に使わないことね」
「そうするわ、とりあえずあの魔物をどうするか決めないとね」
私はそう言って結界を斬り裂き、魔物に近づいていった。魔物は、私が回復したのを見るなり、ニコッと笑みを浮かべていた。
今にも死にそうな状態の中、なんとか立ち上がる。
「先ほどの不意な一撃、すまなかった。ボロボロになってしまっているが、どうか手合わせを願いたい」
「その体でいいの?」
「特に問題なんてございませんから。私は、剣聖であるあなたをぶっ飛ばせたんだから」
私は最大級の笑みを見せた。それほどまでに、私の心は昂っていた。今すぐにでもコイツと戦いたいと思ってしまうほどに。
「それじゃあ、私を殺してみなさいよ。私の目の前で、あんな大口を叩けるんだからそれぐらい、できて当然だよね」
あの時と同じような速さで、私を殴ろうとする。そんな攻撃、今の私からみれば止まっているようなものだ。
片手で弾く。そして、そのまま剣を振り翳し一撃を入れ込む。そのまま追撃を開始した。一切何も考えずに思いのまま剣を動かす。
何も情報を頭に入れず、目の前の対処を抹殺した。
「さっきの一撃は良かったわ。ただ、自分から戦いを申し出たんだから最後までそれを果たしなさいよね、ゴリラさん」
そんな言葉を吐き捨て、そのまま消滅していく魔物を背後に私は二人の元に駆け寄った。
「二人ともいつまで気絶してんの、早く起きなさい!」
そして、この戦いは幕を閉じたのであった。




