385話 興奮する二人
春の陽気から、夏の陽気がやってくる頃私たちはいつものように、旅を続けていた。段々と暑くなってきて、私たちの服装も半袖になってくる日が増えてきた。
そんなある日のこと、私たちがいつものように旅を続けていると、頭の中で私の名前を呼ぶ存在に気が付いたのです。
(ア……リア……アリア。聞こえてるのイデリアだけど)
声の主は、イデリアだった。珍しいこともあるもんだと、私はすぐさま返事を返す。
(どうかしたの? 何か事件とか)
イデリアがなんの用事もなしにかけてこないことは明白だ。だからこそ、今回のテレパシーもまた、何かしらの要件を伝えるために掛けてきたと推察ができる。
(事件ではないわよ。ドワーフの里に来ないかしら?)
(え、急にどうして? それにドワーフの里ってどこかなんて知らないわよ)
突然の誘い。私は少しばかり驚きを感じさせたような声を脳内に響かせてしまう。
(ドワーフの里は、獣人族同様転移で来られる場所なの。だから心配しなくても別に大丈夫だから)
そう言って、脳内マップを展開させる。膨大な地図のデータに思わず気持ち悪くなってしまう。
それを感じ取ったのか、イデリアは素早く簡潔に済ませてくれた。
(何の相談なしにやったら、そりゃ気持ち悪くなるわよね。それはごめん。それでさ、マップをよく見てくれない?)
私は言われるがまま、マップを見ていく。そのマップには、至る箇所にピンを差し示してありどうやらそこが転移の場所みたいだ。
幸いにも、近場にあるのを確認できた。
(二人にも聞いてみることになるけど、とりあえず行く予定で動くわ)
(了解。親方にも伝えておくわ)
そして、テレパシーが切れた。そうして現実に目を向けると二人が心配そうな顔をしているのがわかった。
「大丈夫か? なんか気持ち悪そうにしてたけど」
「何かあったの?」
「体調は大丈夫。あのね、イデリアがドワーフの里に来ないかって、誘ってきたのよ」
私はすぐさま二人に伝えた。伝えてみると、二人ともとても嬉しそうな顔でガッツポーズをした。
私が驚いていると、興奮が止まらないという感じで話しかけてきた。
「アリアこれは絶対に行くべきだ! あのドワーフ族の里に招かれるなんて、本当にすごいことなんだぞ」
「本当それニャー。絶対に私も行きたい!」
二人の熱意に応えるため、私はマップを展開させる。そこには、先ほどイデリアが施したピンが至る場所に刺さったままである。
「このピンってもしかして、ドワーフ族の里に繋がる魔法陣?」
「フェクト当たり! そうだよ、イデリアが施してくれたんだ」
二人のテンションはドンドンと上がっていく。このままでは、着いた瞬間に倒れてしまう勢いだ。
それほどまでに、すごい所なのかと私は正直に言うと実感がまるで湧かなかった。
「早く行こうぜ! ドワーフ族の作る料理はこれもまた絶品なんだ!」
「そうらしいニャー、早くそれも食べたい〜」
私は急かされるがまま、箒の速度を瞬く間に上げていく。いつもなら寝ていてもおかしくない、ナズナが起きていた。
「二人とも興奮するのはいいけど流石に今は落ち着いてよ、着いて早々倒れてもダメなんだから」
私は口を酸っぱくして言うが、二人にはあまり届いていない様子なのが伺えた。
私は心配になりながらも、その場所へと向かっていく。地図の指し示す場所は、どうやら森の奥深くのようだ。
「二人とも、こっから戦闘になるかもだから気を付けて進むからね」
「そんなの突っ切って倒してしまえばいいだろう? ナズナもそう思うよな」
「わたしもそれを思ったニャー!」
私は乾いた笑いしかでなかった。そして、森の中に入ると私たちを目掛けて魔物がこちらへ飛びかかってくる。
二人は、迎撃する気満々だが、それは地獄をみることになる。
なぜなら、ここは湧き出し場と呼ばれる魔物の森なのだから。
「なんでこんなに多く出てくるニャー! ちっとも前に進まないニャー」
ナズナは文句を言う。それを態度で表すかのように、フェクトの攻撃はだんだんと雑になっていった。
「だから言ったでしょう。ここ戦闘になるかもだから、気を付けて行こうって」
「こんな意味だとは思わなかった!」
二人言葉が、同時で思わず笑ってしまう。
「まぁ、こっからは律儀には倒さず、一気に進むから文句を言わないでね」
私はそう言って、剣を構え直した。一歩前に出て、歩みを止める。こちらへ向かってくる魔物の群は、即座に止まる。
逃げ出そうと思っても、すでに無意味なこと。
「剣聖たる所以の一撃。それを放つは我が使命。汝の力、我が操り扱って見せよう! 剣聖剣技・修羅たる斬撃」
全方位から鳴り響く魔物の叫び声。それは、昼間の出来事なのに、そこだけは漆黒の闇が広がっていたという。
「それじゃあ行こうか! イデリアたちが待ってるわ!」
「よくそんな笑顔で言えるな。魔物の叫び声がいまだに聞こえるぞ」
「そうなの? もう遠くて聞こえないわ。それに勘違いしているようだけど、あなたたちはこれを相手にしようとしていたのよ」
この森はそういう森だ。ドワーフ族が、多種族を遠ざけるためにやったとしか思えないものだ。
なんとも慎重なものたちだと私は、改めて思う。
「それにしてもさっきの剣技、かっこよかったニャー」
「それはありがとう。あれは、範囲に斬撃を与える剣技なのよ」
斬撃を上空に放ち、それが弾け飛ぶだけの剣技。それを剣聖だからこそ、その威力を引き上げて確実に相手を潰すことに特化した剣技だ。
そうでもしなければ、この森から私たちはいまだに抜け出せなかっただろう。
「見えてきたわよ」
あれから二時間。私たちはひたすら歩き続けて、ようやく辿り着いたのだ。
光り輝く魔法陣。まるで、私たちを来るのを待っていたかのようなドワーフを添えて。
「時間ピッタリだな。まさか、この森の魔物を全て斬るとは、中々豪快な女よ」
「褒めても何も出ないわよ」
そして私たちは、魔法陣に乗り込むのであった。
ナズナはあんなことを言っていたが、内心盛り上がっていた心は、下火になっていた。
フェクトもナズナも、二時間の間全く喋らなかった。
絶対に届かないと思い知らされる一撃を近くで見たのだから、仕方ないこと。
 




