379話 煽られる
復活した魔神は、ナズナの方を見る。まるで品定めしているかのように、上から下へ、下から上へ目線を動かしている。
魔神の見た目は、いかにもな貴族風。おそらく魔神の中でも上澄の存在なのは間違いない。
それにしても気になることができた。それは、一切フェクトの方に目線を向けていないことだ。
まるで、見えていない、存在を認識していないように振る舞っている。
横目でフェクトを見ると、さほど興味がなさそうな表情をしているが、口はモゴモゴと動いていた。
「獣人を舐め回すように見るニャー! このド変態クソ魔神が」
ナズナは痺れを切らしたのか、最初から応戦マシマシと言わんばかりに言葉が荒い。
それをもろともせず。魔神はまだ見続けていた。
「大体わかった。我の力では勝てないな。ここで死ぬのもまた一興。だが、それは復活を果たした我の選択肢には存在しない」
体が溢れ出す魔力のオーラ。一瞬にして、私たちに臨戦態勢を取らせるほどだ。
そんな中、フェクトが口を開いた。
「さっきから無視を決めているようだけど、俺の存在を忘れなんよ」
言葉は軽いものだが、体が放出をする魔力は魔神よりも多い。
魔神の顔は、引き攣って何も言えそうにない。それほどまでに、魔神は後悔という二文字が頭をグルグルと回っているのだろう。
冷や汗が滲み出るその姿に、私は思わず笑ってしまいそうになる。
「どうした? 何も言わないのか。せっかくなんだし、俺とも遊んでくれよ」
凄まじい魔力と共にプレッシャーが重く魔神にのしかかってくる。
先ほどの威勢など当に消え去り、今はただその場で黙っていることが魔神にとっては最適解なのだろう。
「攻撃を行わないなら、わたしから行くニャー!」
一瞬で懐に入り込み、無防備な魔神を殴りつけた。勢いのあまり、魔神は吹き飛ばされた。
まるで、もう我は何もしないと実行しているようなものだ。
その後も、ナズナには殴り蹴られのされたい放題である。ナズナの顔を見ると、とても退屈そうに攻撃を加えていた。
完全に、体と意識を切り離しているのではないかと思うほどに、魔神はずっと攻撃を受け続けている。
それはなんだが怖かった。
そしてその時は、唐突に訪れる。
ナズナが渾身の一撃を放った瞬間である。突然それは受け止められ、ナズナの右腕は簡単に折られてしまう。
鈍い音と共に、ナズナの悲痛な叫び声が私たちの耳に入ってくる。
突然のことで、私たちの反応は遅れていた。一瞬の油断で、ナズナは怪我を負ってしまったのだ。
「ようやく、我の力を解放できる。ここまで痛ぶってくれて感謝するぞ、獣人。こっからが本番である」
先ほどの受けた攻撃が一瞬にして、回復していく。それをナズナに見せつけるかのように、ナズナの手を離さなかった。
「こっから本番? 笑わせるニャー、お前はわたしが消滅させる!!」
覚醒を果たし、掴まれていた手を強引に振り払う。その際、私は思わず感涙の声を洩らした。
「獣人の力を見せつけてやるニャー!!」
拳と蹴りが激しくぶつかり合う。ぶつかるたびに、衝撃が私たちにまで伝わってくる。
その衝撃は、地面にも多大なる影響を与えていく。一撃いちげきが重く、どれもが渾身の力。
ナズナの顔は、苦しくも笑っている。
「我の力を解放してもまだ立てるか。なんとも素晴らしい強さだ」
「嘘をつくニャー。まだまだ余裕な癖に、弱ってるような仕草をするなんて、そこは魔族っぽいよね」
「――ブホッ!!」
勢いよくナズナは、木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだのだ。
「今のは発勁からしら? それにしても無駄がない洗練された一撃だったわね」
「感心している場合かよ。あれは多分、ナズナは気絶してるぞ」
「そりゃね、モロに食らってたからね。傷ついたナズナでは、あれは見えないわね」
「いや見てたぞ。ガードをしたのが見えた。技ばっか見てないでちゃんとナズナも見てやれよ」
そんな会話をしていると、魔神はナズナを吹き飛ばした方へ歩いていく。
私たちに目もくれず、このままでは間違いなくナズナは死んでしまうだろう。
「仕方ねぇな。無理してあんな挑発するからだ。こっからは俺が相手だ」
開戦の一撃が魔神の顔に練り込んでいた。次の瞬間、ナズナよりも勢いよく吹き飛ぶ魔神。
木々は木っ端微塵であり、それには思わず私も笑ってしまう。
「消滅させるなら早めに決めてねー、私は治療してるから。仇は任せたよ!」
……
今の一撃、思いっきり決まった。決まったことによる高揚感で、少しばかり鼓動が早い。
早く立ち上がってくれ、早く立ち上がってくれ、そんなことを考えてしまう。
その時はやってくる。木々は動き、こちらを睨みつける眼光。
それを見た瞬間、俺の鼓動はより跳ね上がっていく。
「魔武式・一鉄突き!!」
打ち込む一撃。魔神の叫び声が森に響き渡る。一撃、また一撃、俺は打ち込んでいく。
決められた作業を繰り返すように、俺は渾身の一撃を与え続ける。
「おい、早く立ってみろよ。まだ死なねえのは、俺もわかってるつもりだよ」
持ち上げた体を地面に叩きつけるl。声にならない声が微かに聞こえてくる。
だが、魔神は何かを喋ることすらできなくなっていた。
「ちと、殴りすぎたか? 魔神ならこれぐらい日常茶飯事だったと思うけどな」
少しばかり不思議そうに見つめるが、考えるのをやめた。魔力を放出させ、魔弾を打ち込んだのであった。
何も残らないような、戦いは終結したのである。そんな時、あることを考えつく。
もしかしたら、魔族と煽られた時点で既に限界を当に迎えていたのかもしれないということだ。
それなら、この戦いの終わり方にも納得ができる。
「おーい終わったぞ!」
俺は、ナズナが吹き飛ばされた方向に目線を向ける。そしてその場には、座り込んだナズナの姿がそこには見えた。
そして、こちらの声に気が付いたのかこちらに笑顔を振り撒くのであった。




